フィンランディア Finlandia シベリウス

帝政ロシアの圧政とフィンランド独立運動を象徴する愛国歌

『フィンランディア Finlandia』は、フィンランドの作曲家ジャン・シベリウスが1899年に作曲した交響詩。写真はフィンランドの首都ヘルシンキから望むフィンランド湾(出典:Wikipedia)。

当時フィンランドは帝政ロシアの圧政に苦しんでいた。フィンランド独立を願うシベリウスは当初、同曲を愛国歌『フィンランドは目覚める Suomi herää』と題したが、独立運動の高まりを恐れたロシア政府から演奏禁止処分を受けてしまった。

同曲に感銘を受けたアクセル・カルペラン男爵(Baron Axel Carpelan/1858-1919)は、この曲を『フィンランディア』と名付けるべきとの手紙をシベリウス宛に送り、その名がつけられたという。

ちなみに、カルペラン男爵は後にシベリウスをイタリア旅行へと導き、有名な『交響曲第2番』の誕生につながっている。

ロシア帝国の弾圧への抵抗と勝利のモチーフ

『フィンランディア』は2つの序奏を持つ三部形式の構成で、最初の序奏は帝政ロシアの圧政を象徴する重苦しい「苦難のモチーフ」、次にティンパニとシンバルが独立運動の「闘争の呼びかけのモチーフ」が奏でられる。

最後はフィンランドの勝利と独立を予感させる「勝利に向かうモチーフ」でクライマックスを迎える。中間部の讃美歌的なメロディには後に歌詞がつけられ、フィンランド第二の国歌『フィンランディア讃歌』として今日まで愛唱されている。

【試聴】シベリウス 交響詩『フィンランディア』

日露戦争とその後のフィンランド

『フィンランディア』作曲から6年後の1905年、日露戦争でロシア帝国は大敗。1914年の第一次世界大戦を経て、1917年にロシア帝国は崩壊した。

ロシア革命に乗じてフィンランドは独立を果たしたが、1939年にソビエト連邦がフィンランドを侵略し(冬戦争)、1941年からの継続戦争で領土の一部を奪われてしまった。

写真:フィンランド冬戦争でソ連軍を迎撃するフィンランド兵

カレリアを奪われたフィンランドでは1941年、詩人コスケンニエミによりシベリウス『フィンランディア』のメロディに愛国的な歌詞がつけられ、シベリウス本人が編曲を手掛けて、国威発揚のための愛国歌『フィンランディア讃歌』が誕生した。

歌詞では、ソ連による抑圧と侵略に屈しないフィンランドの勇敢さと誇りが描写され、今日においてもフィンランド第2の国歌的な位置付けで多くの国民によって愛唱されている。

サッキヤルヴェン・ポルカ誕生 

ロシアに奪われたカレリア地方をいつか取り戻さんと、カレリア地方のサッキヤルヴィを題材としたフィンランド歌謡『サッキヤルヴェン・ポルカ(ポルッカ)』が今でも歌い継がれている。

同曲は、アニメ栄華「ガールズ&パンツァー劇場版」において、フィンランドを象徴する継続高校のテーマ曲としてカンテレ演奏版が用いられている(一般的にはアコーディオンで演奏される)。

ダイハード2 ラストシーンBGM

フィンランド出身のレニー・ハーリン(Renny Harlin)監督による1990年のアメリカ映画「ダイ・ハード2 Die Hard 2」では、シベリウス『フィンランディア』がラストシーン付近でBGMに使われている。

侵略国家ロシアとの戦いに勝利するフィンランドを描いた『フィンランディア』の曲想は、テロリストとの戦いに勝利したブルース・ウィリス(ジョン・マクレーン刑事)のラストシーンを飾るにふさわしい楽曲であったと言えよう。

瀧 廉太郎とシベリウス

シベリウス『フィンランディア』が作曲された1899年、日本では瀧 廉太郎(たき れんたろう)が東京音楽学校の研究科で作曲活動に取り組んでいた。

この年、シベリウスは『交響曲第1番 ホ短調』も作曲しているが、同曲第2楽章には瀧 廉太郎がその翌年(1900年)に作曲した歌曲『お正月』とよく似たメロディが登場する。

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