Santa Lucia サンタルチア

イタリア歌曲/シチリア島のシラクサで生まれたルーシー

サンタ・ルチアとは、3世紀後半から4世紀初頭のイタリアにおける実在の人物。真偽は不明だが、次のような伝説が残されている。

ルーシー(Lucy)は、イタリアのシチリア島にある町シラクサ(シラクーサ/シラカス/シラクス/Syracuse)の裕福な家庭に生まれた。

シラクサ(上写真)は、有名な数学者であるアルキメデスが生まれ育った町であり、太宰治の短編小説「走れメロス」の舞台ともなっている。

ルーシーはキリスト教の熱心な信者だったが、彼女の母親は違っていた。母は、ルーシーに異教の男性を結婚相手として薦めたが、既にキリストを生涯の伴侶として誓いを立てていた彼女は、その薦めを拒んだ。

母親の難病がルーシーの祈りで治癒?

ルーシーの母親は長年難病を患っていたが、ルーシーがキリスト教の聖人アガサ(St.Agatha)に祈り続けた結果、その難病が奇跡的に治癒されたという。

この奇跡的出来事が起きて以来、ルーシーのキリスト教への傾倒に理解を示さなかった母親も、ルーシーがキリスト教へ生涯を捧げることを許したという。

ディオクレティアヌス帝による迫害 ~信心を貫いたルーシー

ルーシーが生きていた頃は、ローマ帝国の勢いが衰え始め、反対にキリスト教がその勢力を拡大し始めていた時代だった。ローマ皇帝崇拝を拒否し、ローマ古来の儀式に加わらなかったキリスト教信者は、ネロ帝から始まった迫害の下に晒されていった。

その迫害の規模が最も大きかったのが、ディオクレティアヌス帝(Gaius Aurelius Valerius Diocletianus/245-313)によるもので、キリスト教史上最も多くの殉教者を出したことで知られている。ディオクレティアヌス帝による迫害が行われる中、ルーシーは貧しい者への慈善活動を続けていた。

捕らわれの身となったルーシー

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しかしある時、以前に結婚を断った男性の恨みを買い、彼女はクリスチャンとして密告され、捕らわれの身となってしまう。

キリスト教信者の殲滅を図っていたディオクレティアヌス帝下の迫害政策により、彼女は厳しい拷問を受け、棄教か死かの選択を迫られる。

しかし、彼女は最後まで決してキリスト教への信心を棄てることはなく、様々な拷問を受けたあげく、短剣で殺されてしまったという。

この拷問の中で、彼女は目をくりぬかれたと伝えられている。このことから、彼女が描かれている絵画には、お盆の上に目玉が二つ並んで置かれているもの等、目を描写した作品が多く見られる。

現代では、ルーシーは「聖ルーシー(Saint Lucy)」として、目の見えない人の守護神として崇められている。目の手術を行うときには、その無事を祈って祈りが捧げられることもあるという。また、その名が「Lux(光・ルクス)」に由来することから、暗闇を照らす光の守護神としても位置づけられている。

【試聴】サンタルチア Santa Lucia

Sul mare luccica, l'astro d'argento
Placida e` l'onda prospero il vento
Venite all'agile barchetta mia
Santa Lucia! Santa Lucia!

輝く海 輝く星空
波は穏やかに、風は軽やかに
私の小舟よ 軽快に進め
聖ルチア! 聖ルチア!

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