夜汽車(いつも いつも とおる 夜汽車)

静かな響き聞けば 遠い町を思い出す

「いつも いつも とおる 夜汽車」が歌いだしの『夜汽車』は、ドイツ民謡『小鳥ならば』のメロディに、詩人の勝 承夫(かつ よしお/1902-1981)が別の歌詞をつけた日本の歌。

勝 承夫はこの『夜汽車』以外にも海外の民謡や歌謡の訳詞・作詞を手掛けており、19世紀アメリカのスティーブン・フォスター作曲『故郷の人々』の訳詞や、ドイツ民謡『きつねがカチョウをぬすんだ』のメロディに作詞した『こぎつね』などが有名。

彼が作詞した『灯台守 とうだいもり』についても、原曲はアメリカの讃美歌(キャロル)と考えられている。あまり原曲の歌詞に関心はないようだ。

【試聴】勝 承夫作詞 夜汽車

夜汽車・夜行列車の歴史

『夜汽車』が音楽教科書に掲載されていたのは終戦後の昭和20年代のことなので、この歌で描写されているのは戦前に運用されていた夜汽車(夜行列車)の風景ということになるだろうか。

1902年生まれの勝 承夫が昔を懐かしんで作詞するとすれば、やはり1920年代から1930年代に運行していた夜汽車。当時は東京ー下関間をほぼ丸一日かけて結ぶ特別急行列車「富士」が運用されていた時代だ。

東京駅を13時ちょうどに発車した急行列車「富士」は、翌朝の8時50分に下関駅へ到着した。時間的に、山陽本線区間は夜行列車、つまり「夜汽車」となる。

官営鉄道全盛期であった1930年代には、東京ー関西間には4本の急行が走り、東京ー神戸間の夜行急行「17,18列車」は一・二等専用で別名「名士列車」と呼ばれていた。

今日では、東海道新幹線・山陽新幹線の整備、国内空港の充実、高速道路網の整備で夜行バスが普及するなど、戦前のような夜汽車の風景はほとんど見られなくなった。

その後、鉄道旅行目的としては、ブルートレイン、北斗星。カシオペア、トワイライトエクスプレスなどの寝台列車が人気を博した。

2010年代には、豪華寝台列車「ななつ星in九州」、「TRAIN SUITE 四季島」、「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」などの豪華列車パッケージツアーなどが運行され、新たな時代の夜汽車として現代まで受け継がれている。

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