ドイツ国歌

ドイツ連邦共和国/Federal Republic of Germany

ドイツ国歌『ドイツの歌 Deutschlandlied』のルーツは18世紀までさかのぼる。当時オーストリアで活躍していた音楽家ハイドンは、1797年2月12日、ちょうど神聖ローマ皇帝フランツ2世の誕生日に、賛歌『神よ、皇帝フランツを守り給え』を献呈。ウィーンのブルク劇場で初演を行った。

写真:ベルリンのブランデンブルク門

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歌詞の意味・和訳

Einigkeit und Recht und Freiheit
fur das deutsche Vaterland!
Danach last uns alle streben
bruderlich mit Herz und Hand!
Einigkeit und Recht und Freiheit
sind des Gluckes Unterpfand.
Bluh im Glanze deines Gluckes,
bluhe, deutsches Vaterland!

祖国ドイツに 統一、正義そして自由を!
友よ、共に進もう!
兄弟のように、心を重ね、手を取り合って
統一、正義そして自由は幸福の証し
幸せの輝きの中 栄えよ、祖国ドイツよ!

国歌の必要性を感じていたハイドン

当時のヨーロッパでは、1789年にフランス革命が勃発。1792年にはプロイセン王国軍を撃破するなど大活躍を見せたフランス義勇兵が『ラ・マルセイエーズ』を高らかに歌い上げていた。

【参考】 フランス国歌『ラ・マルセイエーズ』

イギリスでも既にトマス・アーンの編曲(1745年)で人気を博した『God Save the Queen ゴッド・セイヴ・ザ・クィーン』が事実上の国歌として定着しており、イギリスを訪れていたハイドンは、祖国オーストリアにも愛国心を高める賛歌が必要だと実感していた。

【参考】 イギリス国歌『God Save the Queen ゴッド・セイヴ・ザ・クィーン』

そこでハイドンは、詩人レオポルド・ハシュカによる皇帝賛美の詩に、クロアチア地方の民謡を基にした壮麗なメロディをつけ、1797年の皇帝の誕生日に『神よ、皇帝フランツを守り給え』として献呈するに至ったのである。

その後は何度か歌詞が変えられながら、1804年のオーストリア帝国成立後は正式に国歌として採用され、1918年のオーストリア=ハンガリー帝国滅亡まで歌われ続けることとなった。

ちなみに、ハイドン作曲『神よ、皇帝フランツを守り給え』のメロディは、献呈された同年に弦楽四重奏曲第77番ハ長調の第2楽章に変奏曲として転用されている。同曲はハイドンの最高傑作と賞賛され、サブタイトルとして「皇帝」の名を与えられた。

なお、ハイドンの代表曲については、こちらの特集「ハイドンの有名な曲 解説と試聴」を参照されたい。

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オーストリアからドイツの国歌へ

その頃のドイツ帝国(1871-1918)では、イギリス国歌『God Save the Queen』の歌詞にドイツ独自の歌詞をつけた『皇帝陛下万歳 Heil dir im Siegerkranz』が事実上の国歌だった。(右図:ドイツ帝国の国章)

この替え歌自体も実はプロイセン王国の非公式国歌として歌われていたもので、独自性を欠いた国歌に国民の人気はいま一つだったという。

【参考】 アメリカ国歌も一時期はイギリス国歌のメロディだった

そこでドイツでは、オーストリア=ハンガリー帝国で歌われていた『神よ、皇帝フランツを守り給え』のメロディに、大学教授で詩人のホフマン・フォン・ファラースレーベンが1841年に作詞し、賛歌『ドイツの歌 Deutschlandlied』が生み出された。

同曲は、1919年に成立したヴァイマル共和国(ワイマール共和国・ドイツ共和国)から正式に国歌として採用され、1952年には3番を歌詞のみが西ドイツの国歌となり、1990年のベルリンの壁崩壊を経て、1991年に現在のドイツ連邦共和国における正式な国歌として受け継がれている。

童謡『ぶんぶんぶん』、『かっこう』の作詞者ホフマン

右の挿絵は、ドイツ国歌『ドイツの歌 Deutschlandlied』を作詞した19世紀ドイツを代表する詩人ホフマン・フォン・ファラースレーベン(August Heinrich Hoffmann von Fallersleben/1798-1874)。

ホフマンは500曲以上の童謡・子供向けの歌を作詞したことでも知られ、日本でも有名な作品としては、「ぶんぶんぶん ハチが飛ぶ」の歌い出して知名度の高い『Summ, Summ, Summ ぶんぶんぶん』や、渡り鳥カッコウの鳴き声を題材とした『Kuckuck, Kuckuck, ruft's aus dem Wald かっこう』などが広く知られている。

賛美歌としても普及

ハイドン作曲による賛歌『神よ、皇帝フランツを守り給え』のメロディは、オーストリア帝国で正式に国歌に採用される数年前の1802年頃には、既にイギリスで讃美歌『Glorious things of thee are spoken(Austria)』として歌われていた。

歌詞は、1779年に刊行されたオルニー讃美歌集(Olney Hymns)に収録されたもの。その作者は、『アメイジング・グレイス』作詞者としても有名な牧師ジョン・ニュートン(John Henry Newton /1725–1807)。

日本でも、日本基督教団讃美歌194番『さかえにみちたる(栄えに満ちたる)』、聖歌199番『輝く姿は』として現在も歌われている。

【参考】 『アメイジング・グレイス』 歌詞・日本語訳

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