喜歌劇「詩人と農夫」序曲 スッペ

なぜアメリカ民謡『線路は続くよどこまでも』のメロディが?

喜歌劇「詩人と農夫」序曲は、19世紀オーストリアの作曲家フランツ・フォン・スッペ(Franz von Suppé/1819-1895)が1846年に作曲した序曲。

スッペの作品としては「軽騎兵」序曲の方が演奏機会も多く有名だが、こちらの「詩人と農夫」序曲も愛好者が多く根強い人気がある。

「詩人と農夫」は喜歌劇(オペレッタ)とされているが、全曲の楽譜は喪失状態で、あらすじすら残されておらず、残っているのはこの序曲のみとなっている。

写真:オーストリア・チロル地方(出典:Wikipedia)

【YouTube】スッペ「詩人と農夫」序曲 New Year`s Concert 1984

『線路は続くよどこまでも』との関係は?

さて、「詩人と農夫」序曲を聴いてみると、すぐに聞き覚えのあるメロディが何度か登場することにお気づきになると思われる。そう、あのアメリカ民謡『線路は続くよどこまでも』のメロディが突如として出現するのだ。

スッペ「詩人と農夫」序曲は、アメリカ民謡『線路は続くよどこまでも』の原曲・元ネタなのだろうか?まずは曲の成り立ちに着目して検証してみよう。

「詩人と農夫」序曲が作曲されたのは1846年。当時のアメリカは、西へ西へと領土を拡大していった時代。メキシコと激しく争っていた頃で、ゴールドラッシュのちょうど3年前だ。

成立時期が近いワークソング

アメリカ西方への領土拡大に伴い、輸送・移動手段として線路・鉄道網が東から西へ向かって横断するように延伸されていったのもこの頃で、アメリカ民謡『線路は続くよどこまでも』は線路工事の作業員たちの間で労働歌・ワークソングとして歌われていたという。

時代的に見て、スッペ「詩人と農夫」序曲とアメリカ民謡『線路は続くよどこまでも』は成立時期的にも近い。あとは、どのようなルートでオーストリアからアメリカ大陸へ伝わり、鉄道作業員らに届いたのかという点が問題だ。

写真:アメリカ大陸横断鉄道 開通記念式典(1869年5月10日)

オーストリアからアメリカ大陸へ

まず、オーストリアからアメリカ大陸へ楽曲が伝わるルートとしては、ニューヨークの現在のブロードウェイ周辺に存在していた歌劇場や小劇場などがキーポイントになる。

1840年代のニューヨークでは、パルモ・オペラハウス(Palmo's Opera House)やアスター・オペラハウス(Astor Opera House)など大きな歌劇場が次々とオープンし、シェイクスピアなどの歌劇が頻繁に上演されていた。

おそらく、オーストリアで流行した喜歌劇・オペレッタもニューヨークで上演されていた可能性は高く、アメリカ在住の音楽家・演奏家がスッペ「詩人と農夫」序曲などの作品に触れる機会は十分にあったと考えられる。

音楽家が耳コピで演奏?

「詩人と農夫」序曲をいわゆる「耳コピ」した演奏家は、酒場や小劇場などでさっそく新曲を演奏。酒場で飲んでいた鉄道作業員らがそのメロディを耳にし、酒の勢いでその場で替え歌を作ったのが、『線路は続くよどこまでも』誕生の経緯なのではないだろうか?

なお、こうしたクラシック音楽と民謡・童謡などの偶然の一致や元ネタ関係については、こちらの特集ページ「元ネタ・原曲・似てる曲 そっくりメロディ研究室」で有名どころを一通りまとめているので、ご興味のある方は是非ともお立ち寄りいただきたい。きっと何か新しい発見に出会えるはずだ。

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