カチューシャの唄 流行歌の歌詞

トルストイ『復活』を題材とした劇中歌が大流行

「カチューシャかわいや わかれのつらさ」が歌い出しの『カチューシャの唄(歌)』は、トルストイの長編小説『復活』を題材とした演劇の劇中歌として1913年(大正3年)に作曲された歌謡曲。『復活唱歌』とも呼ばれる。

曲名が似ているロシア歌曲『カチューシャ』はこちら。下の挿絵は原作のトルストイ『復活 Resurrection』表紙画像/出典:ペンギンブックス Penguin Books)。

「カチューシャ」とは、小説『復活』主人公の女性の名前。劇団芸術座による公演では、主演女優の松井須磨子が『カチューシャの唄』を歌唱し、人気を博した。

特に、歌いだしの歌詞である「カチューシャかわいや わかれのつらさ」は当時の流行語にもなったという。

【試聴】『カチューシャの唄』メゾ・ソプラノ=関塚 真希

歌詞:『カチューシャの唄』

カチューシャかわいや わかれのつらさ
せめて淡雪 とけぬ間と
神に願いを(ララ)かけましょうか

カチューシャかわいや わかれのつらさ
今宵ひと夜に 降る雪の
あすは野山の(ララ)路かくせ

カチューシャかわいや わかれのつらさ
つらいわかれの 涙のひまに
風は野を吹く(ララ)日はくれる

カチューシャかわいや わかれのつらさ
せめて又逢う それまでは
同じ姿で(ララ)いてたもれ

カチューシャかわいや わかれのつらさ
ひろい野原を とぼとぼと
独り出て行く(ララ)あすの旅

中山 晋平のプロデビュー作

作曲は、『シャボン玉』や『証城寺の狸囃子』など数多くの有名な童謡を手掛けた中山 晋平(なかやま しんぺい/1887-1952)。

当時、中山は劇団芸術座の座長・島村抱月(しまむら ほうげつ/1871-1918)の書生として寄宿しており、『カチューシャの唄』は島村からの依頼で作曲された。

まだ東京音楽学校を卒業したばかりの中山にとって、『カチューシャの唄』はプロデビュー作であり、当時からその才能は遺憾なく発揮されていたようだ。

他にも芸術座時代には、中山 晋平の作曲により『ゴンドラの唄(いのち短し 恋せよ少女)』、『さすらいの唄』などのヒット曲が生まれている。

作詞者について

『カチューシャの唄』作詞者については、当初は芸術座・座長の島村抱月がすべて作詞したが、2番以降がうまくまとまらなかったため、早稲田大学の後輩である相馬 御風(そうま ぎょふう/1883-1950)に2番以降の歌詞を任せたようだ。

『カチューシャの唄』以外の相馬 御風の作品としては、『春よこい』、『早稲田大学校歌(都の西北)』などが有名。

トルストイ『復活』あらすじ・ストーリー

若い貴族ネフリュードフ公爵は、殺人事件の裁判に陪審員として出廷した。

驚くことに、被告人の一人である若い女は、かつて彼が弄んで捨てた女中のカチューシャだった。

カチューシャは、彼の子供を産んだあと、身を落とした生活の末に犯罪の嫌疑をかけられていた。

彼女にはシベリアへの徒刑が宣告されてしまうが、ネフリュードフは過去の過ちを悔い改め、カチューシャの恩赦を求めて奔走。

ついには彼女とともに旅して、彼女の更生に人生を捧げる決意をするのだった…

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