曼珠沙華 ひがんばな 歌詞の意味

GONSHAN GONSHAN 何処へゆく 赤い御墓の 曼珠沙華

「GONSHAN(ごんしゃん) GONSHAN 何処へゆく」が歌い出しの『曼珠沙華(ひがんばな)』は、北原白秋の詩集『思ひ出』に収録された詩に山田耕筰が作曲した日本の歌曲。

詩集『思ひ出』は、北原白秋が故郷・福岡県柳河(現:柳川市)で過ごした幼少期・少年期への懐旧の情が綴られた作品であり、『曼珠沙華(ひがんばな)』もこうした文脈の中で詠まれた詩の一つである。

『曼珠沙華(ひがんばな)』の歌詞では、お墓参りに訪れた一人の女性が描写されているが、短い歌詞だけではそれがどんな状況なのか判然とせず、研究者や歌い手によって異なる解釈がなされている。

このページでは、『曼珠沙華(ひがんばな)』の歌詞の意味や解釈について、ネットで確認できたいくつかの主な説を簡単にまとめてみたい。

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歌詞(現代語表記)

GONSHAN(ごんしゃん) GONSHAN 何処へゆく
赤い御墓の 曼珠沙華(ひがんばな) 曼珠沙華
今日も手折りに 来たわいな

GONSHAN GONSHAN 何本か
地には七本 血のように 血のように
ちょうどあの児の 年の数

GONSHAN GONSHAN 気をつけな
ひとつ摘んでも 日は真昼 日は真昼
ひとつあとから またひらく

GONSHAN GONSHAN 何故(なし)泣くろ
何時まで取っても 曼珠沙華 曼珠沙華
恐(こわ)や 赤しや まだ七つ

GONSHAN ごんしゃん 意味は?

GONSHAN (ごんしゃん)とは、北原白秋の故郷・福岡県柳河(現:柳川市)における方言で、「良家のお嬢さん(令嬢/娘)」を意味している。

「お嬢さん」が該当する年齢にはある程度の幅があるため、この「GONSHAN」が何歳の娘なのかについての解釈の違いが、歌全体の解釈の差として表れるように思われる。

なお、この言葉は『曼珠沙華(ひがんばな)』以外でも、北原白秋の詩集『思ひ出』の中で何度か使われている。

また、「良家のお坊ちゃん」は柳河の方言で「トンカジョン」と呼ばれ、詩集『思ひ出』の中で、「TONKA JOHN」として(幼少期の北原白秋自身を示す呼称として)何度も使われている。

GONSHAN (ごんしゃん)の語源・由来については、こちらのページ「ごんしゃん GONSHAN 意味・語源」でまとめているので別途参照されたい。

歌全体の意味・ストーリーは?

北原白秋『曼珠沙華(ひがんばな)』の歌全体の意味・ストーリーについては、ネットで軽く検索してみると、主に次の3つの解釈があることが分かった。

1.子供を亡くした母親の歌

2.堕胎した女性の歌

3.北原白秋の初恋の記憶

これらの諸説について一つずつ解説したうえで、北原白秋自身はどのように説明しているのか、詩集『思ひ出』の序文「わが生ひたち」の重要部分を引用して解説してみたい。

子供を亡くした母親の歌?

『曼珠沙華(ひがんばな)』が子供を亡くした母親の歌であるとの解釈については、おそらく最も多くの人が抱くであろう素直なイメージと思われる。

確かに、「ちょうどあの児の年の数」という歌詞は、亡くなった子供の年齢を未だに数えている母親を連想させる。

なお、この解釈では、歌詞冒頭の「GONSHAN」がその母親を示していることになるが、7歳の子供がいる母親について「GONSHAN」という呼称を使うことが、柳河地域の方言としてあり得るのかどうか、確認する必要があるように思われる。

堕胎した女性の歌?

ヤフー知恵袋で確認したところ、『曼珠沙華(ひがんばな)』の詩についての質問で、堕胎した女性の歌であるとの解釈をとる回答がいくつか見られた。

この堕胎説における重要な論拠として、「曼珠沙華には毒があり、かつてその毒性を利用して堕胎薬として用いていた」との趣旨の説明が見受けられた。

確かに、曼珠沙華には毒性がある。水田の畔(あぜ)や墓地に曼珠沙華が植えられているのは、その毒性を害虫・害獣避けとして活用する意図があったからである。

しかし、その毒性が堕胎薬としても使われていたのかについては、文献等における裏付けが必要であるように思われる。

言うまでもなく、曼珠沙華の毒性は、胎児のみならず母体の生命にも大きな影響を与える。母体だけ助かるように毒の量を調整するのは、北原白秋の幼少期である明治時代の民間医学レベルの知識では至難の業だろう。

北原白秋の初恋の女の子?

『曼珠沙華(ひがんばな)』の歌詞の解釈については、詩集『思ひ出』の序文「わが生ひたち」の中で、北原白秋自身が次のような関連する記述を残している。

美くしい小さな Gonshan.忘れもせぬ七歳(ななつ)の日の水祭(みづまつり)に初めてその兒(こ)を見てからといふものは私の羞耻(はにかみ)に滿ちた幼い心臟は紅玉(ルビイ)入の小さな時計でも懷中(ふところ)に匿(かく)してゐるやうに何時となく幽(かす)かに顫(ふる)へ初めた。

<引用:北原白秋 詩集『思ひ出』序文「わが生ひたち」より>

この記述は、北原白秋が七歳の頃の初恋の回想である。少年時代の北原白秋が子供たちと遊んでいた際に、小さく可愛い女の子「Gonshan」をちらっと見かけ、恋心を覚えたシーンのようだ。

声楽家の藍川 由美(あいかわ ゆみ)氏は、『曼珠沙華(ひがんばな)』の「GONSHAN」は、北原白秋が七歳の頃に出会った初恋の女の子であるとの解釈をとっている。

この説をとった場合、なぜそれがお墓や曼珠沙華と同時に描写されるのかが問題になるが、北原白秋の乳母がチフスで病死した恐ろしい記憶が影響していると考えられるようだ。

確かに、そもそも詩集『思ひ出』は北原白秋の幼少期の思い出に基づく作品であり、子供の頃のいくつかの曖昧な記憶が混然一体となって一つの奇妙な映像を作り出すことは大いに考えられる。

北原白秋が七歳頃の鮮明な初恋の記憶と、乳母の死という強烈な体験が、大人になって幼少期を振り返ったときに、一つの作品として結実し昇華されたのが、この『曼珠沙華(ひがんばな)』の情景ということになるのだろう。

最後に

『曼珠沙華(ひがんばな)』の歌全体の解釈のためには、やはり冒頭の「Gonshan」の意味するものを確定させるのが肝要と思われる。

詩集『思ひ出』には、様々な詩で「Gonshan」が使われており、それに対置される「TONKA JOHN」との関係も非常に興味深い。

それら全体を俯瞰することでその用法を絞り込んでいくことは可能だが、それはまた別の機会に行うこととしたい。

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