ラ・マントヴァーナ La Mantovana

イタリア歌曲/16世紀ヨーロッパ中に広まったマントヴァの歌

『La Mantovana ラ・マントヴァーナ』は、16世紀イタリアのテノール歌手ジュゼッペ・チェンチ(Giuseppe Cenci)が作曲した楽曲。チェンチは「Giuseppino del Biado ジュゼッピーノ・デル・ビアド」の名でも知られる。

タイトルは、『Ballo di Mantova マントヴァの踊り』、『Aria di Mantova マントヴァの歌 )』とも表記される。

今日ではインストゥルメンタルとして演奏される機会の方が多いが、当初は「Fuggi, Fuggi, Fuggi da questo cielo(逃げろ、この空から)」が歌い出しの歌詞が存在した。1600年に刊行されたイタリアのマドリガーレ(マドリガル)集にも同曲が掲載されているという。

写真:マントヴァ(Mantova)のソルデッロ広場(世界文化遺産)

イタリア北部のマントヴァ県

ちなみに、曲名との関連性は定かではないが、イタリア北部ロンバルディア州にはマントヴァ(Mantova)県があり、ヴォルタ・マントヴァーナ(Volta Mantovana)、マリアーナ・マントヴァーナ(Mariana Mantovana)など、「マントヴァーナ」の名前を持つコムーネ(基礎自治体)が存在する。

マントヴァ(Mantova)は、ルネサンス期には画家アンドレア・マンテーニャ(Andrea Mantegna/1431- 1506)がこの町で宮廷画家として活躍したことで知られている。

また、シェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』の舞台として知られるヴェローナ(Verona)はマントヴァ(Mantova)から北へ40kmほどの場所にあり、劇中ではヴェローナを追放されたロミオがマントヴァへ向かうシーンが登場する。

スメタナ『モルダウ』やイスラエル国歌のルーツに

『La Mantovana』はその後、『Ballo di Mantova』、『An Italian Rant』、『Fuggi, fuggi, dolente cor』などのタイトルでも演奏されるようになり、メロディはヨーロッパ中に広まっていった。

ヨーロッパに広まったメロディは各国で民謡として定着し、ポーランドでは『Pod Krakowem』、スペインでは『Virgen de la Cueva』、スコットランドでは『My mistress is prettie』など、独自の歌詞やアレンジでそれぞれの国で歌われるようになった。

写真:スメタナ作曲『モルダウ』のモチーフとなったヴルタヴァ(モルダウ)川

チェコでは童謡『Kocka leze dirou(穴から猫が)』が『La Mantovana』の影響を受けた曲と考えられるが、そのメロディは、チェコの国民的音楽家スメタナが作曲した『モルダウ』における主旋律(主題)のルーツと言えるほどの類似性が感じられる。

ルーマニアに隣接するモルドバ共和国には民謡『Cucuruz cu frunza-n sus』として『La Mantovana』のメロディが伝わったと考えられ、モルドバからパレスチナへ移住した音楽家Samuel Cohen/1870-1940)は、後にこのメロディ(とその他の曲)を編曲してイスラエル国歌『Hatikvah ハティクヴァ(希望)』を作曲した。

ドイツでは、日本でも「こぎつねコンコン、山の中♪」の歌い出して知られる童謡『こぎつね』のメロディが、『La Mantovana』をルーツとする一連のヨーロッパ民謡のそれとよく似通っており、特にチェコ民謡『Kocka leze dirou(穴から猫が)』と聞き比べると、これらの曲の関連性の高さが伺える。

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【試聴】Fuggi, Fuggi, Fuggi da questo cielo

【試聴】La Mantovana ラ・マントヴァーナ (Ballo di Mantova)

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