Hatikvah ハティクヴァ

イスラエル国歌として採用されたヨーロッパの古いメロディ

『Hatikvah ハティクヴァ』は、ユダヤ系の音楽家サミュエル・コーエン(Samuel Cohen/1870-1940)が1888年に作曲した楽曲。

同作は、ユダヤ系の詩人ナフタリ・ヘルツ・インベル(Naftali Herz Imber/1856-1909)によって1877年に書かれた詩「Tikvateinu(我らの希望)」に曲をつけたもので、1897年に第1回シオニズム会議における賛歌『Hatikvah ハティクヴァ』として採用された。

イスラエルが独立した1948年にイスラエル国歌として非公式に採用され、2004年に議会の承認を経て、『Hatikvah ハティクヴァ』は晴れて公式のイスラエル国歌となった。

メロディのルーツはイタリア歌曲?

『Hatikvah ハティクヴァ』のメロディのルーツ・起源は、16世紀イタリアで活躍したテノール歌手ジュゼッペ・チェンチ(Giuseppe Cenci / Giuseppino del Biado)が作曲した『ラ・マントヴァーナ La Mantovana』がその源流とされている。

ラ・マントヴァーナ La Mantovana』は、歌詞「Fuggi, Fuggi, Fuggi da questo cielo」に付けられたメロディで、1600年に刊行されたイタリアのマドリガーレ(マドリガル)集にも同曲が掲載されているという。

【試聴】 Fuggi, Fuggi, Fuggi da questo cielo

ヨーロッパ中に普及

その後『La Mantovana』のメロディは、『マントヴァの踊り Ballo di Mantova』、『マントヴァの歌 Aria di Mantova』として、ルネッサンス期のヨーロッパ中に広まった。

そして各地で独自の歌詞がつけられ、ポーランド系では『Pod Krakowem』、ウクライナ系では『Kateryna Kucheryava』、ルーマニアでは『Carul cu boi』、スコットランドでは『My mistress is prettie』など、様々な内容で歌われ定着していったという。

モルドバの詩人が国歌に編曲

『Hatikvah ハティクヴァ』の作曲者サミュエル・コーエンは、ルーマニアやウクライナに隣接する現在のモルドバ共和国生まれ。1878年にパレスチナへ両親と一緒に移住したユダヤ系の音楽家として活動していた。

コーエンの生まれたモルドバ(モルドヴァ)地方にも『La Mantovana』の旋律は『Cucuruz cu frunza-n sus』として伝わっており、彼は同曲や他のモルダヴィア民謡、ルーマニア民謡『Carul cu boi』など複数の曲からインスピレーションを得て、現在のイスラエル国歌『Hatikvah ハティクヴァ(希望)』のメロディを編曲したという。

【試聴】 モルドヴァ民謡『Cucuruz cu frunza-n sus』

【試聴】 ルーマニア民謡『Carul cu boi』

スメタナ『モルダウ』のメロディにも

下の写真は、チェコ国内で最長の大河ヴルタヴァ川(モルダウ川 / Vltava / Moldau)。ヨーロッパ中に広く伝播した『La Mantovana』のメロディはヴルタヴァ川が流れるチェコにも広まり、チェコ民謡『Kocka leze dirou(穴から猫が)』として定着している。

チェコのヴルタヴァ(モルダウ)川といえば、チェコを代表する作曲家スメタナによる連作交響詩組曲「わが祖国」において、ヴルタヴァ川を題材とした第2曲「ヴルタヴァ(モルダウ)」の有名な主旋律(主題)が思い出される。

上述のチェコ民謡(試聴はスメタナ『モルダウ』のページで)を踏まえたうえ両曲を聴くと、調性は違うが、モルダウの主旋律はチェコ民謡のメロディから強い影響を受けていることは想像に難くない。

「影響を受けている」というよりは、そもそもこの交響詩自体がチェコをモチーフにした楽曲であり、チェコを象徴する旋律として、チェコ民謡として広く定着している『Kocka leze dirou』のメロディをアレンジして楽曲に組み込んだと考えるのが自然だろう。

ドイツ民謡『こぎつね』との関係は?

「こぎつねコンコン、山の中」の歌い出しで日本でも知られるドイツ民謡『こぎつね』。そのメロディを改めて聴いてみると、ドイツの隣国チェコに広まる民謡『Kocka leze dirou』と全体的によく似ていることが分かる。

細かい点で違いはあるだろうが、チェコ民謡と曲全体の雰囲気やメロディ進行には類似性が認められ、そのルーツはイスラエル国歌と同じく『La Mantovana』を起源とするメロディであることが想像できる。