むすんでひらいての謎

トップページ > ドナドナ研究室 > むすんでひらいての謎 5-8

讃美歌としての「むすんでひらいて」

『ルソーの夢』は、19世紀のイギリスにおいて讃美歌のメロディーとして採用され、様々な讃美歌の歌詞がつけられていきました。その広まっていく過程で、ある都市の名前である「グリーンヴィル」というチェーンネームがこのメロディーにつけられ、それ以降は「グリーンヴィル」がこの曲を表すタイトルとして世界中に広まっていくことになります。

日本における讃美歌としての「ルソーの夢」は、バプテスト系の教会が日本で最初に刊行(1874~1875?)した讃美歌集『聖書之抄書』に「グリーンヴィル」として掲載される形で日本に上陸します。

 この曲には「キミノ ミチビキ」という日本語の讃美歌の歌詞がつけられていますが、「見渡せば」が初めて収録された『小学唱歌集』初編が刊行されたのが1881年ですから、この「キミノ ミチビキ」の歌詞は、「グリーンヴィル」すなわち「ルソーの夢」につけられた日本語の歌詞第1号であるということになります。

ちなみに、「ルソーの夢」の原語文献は、当時の文部省が海外文献の網羅的な収集を目指して明治5年に設立した「教育博物館」の所蔵図書として1872年(明治5年)に受け入れられた文献「公私立学校用フィリップ・フィリップスの昼間の学校歌手」という唱歌集に掲載されており、この時初めて日本に「ルソーの夢」の原語文献が上陸したといえそうです。

こうして讃美歌としての『ルソーの夢』は、小学唱歌刊行に先立って、日本のプロテスタント教会によってはじめて歌われるようになって以来、明治20~30年代には宗派を超えた統一的な讃美歌集に収録され、昭和6年版の『讃美歌』で姿を消すまでの間、各派の教会で歌われつづけていました。

「見渡せば」と同じように、この讃美歌としての「ルソーの夢」の旋律も比較的短命に終わるのですが、その理由として海老沢先生は著書で次のように述べています。

「やはりこの旋律が他のかたち(唱歌・軍歌・遊戯)で人びとに歌われすぎたためと思われる・・・こうしたかたちで教会外部で有名になった旋律を、教会の立場から、讃美歌としてさらにあらためて位置付けつづけることはむしろ困難であったのではなかろうか。」/岩波書店『むすんでひらいて考』より引用

小学唱歌としての「見渡せば」と童謡に、この讃美歌としてのルソーの夢も時代のうねりに巻き込まれていったのです。しかし、日本におけるある時期以降の讃美歌集から姿を消したといっても、それ以前の讃美歌集には確かに掲載されていたのですから、この讃美歌としての「ルソーの夢」は、今でも日本で歌われている可能性は十分にあると思います。

 しかも、日本以外の国を見てみれば今でも現役の讃美歌として普通に歌われていることは事実ですから、讃美歌としての「ルソーの夢」はまだまだその勢いを衰えずに世界中に広まっていると言えます。

その世界に広まっていく過程において、この「ルソーの夢」は、讃美歌以外にも形を変えていきます。その変化を顕著に表す例として、アメリカやカナダで広く広まっている民謡・童謡を紹介したいと思います。

前のページに戻る
次のページへ進む
トップページ > ドナドナ研究室 > むすんでひらいての謎 5-8
前のページに戻る
次のページへ進む
トップページ > ドナドナ研究室 > むすんでひらいての謎 5-8
 
copyright (c) 1998-2008 WORLDFOLKSONG All rights reserved.