東風吹かば にほひをこせよ 梅の花

太宰府に左遷される前の菅原道真が詠んだ有名な和歌

学問の神様・菅原道真が詠んだ和歌「東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな(春な忘れそ)」の意味・内容・現代語訳などについて、簡単に解説してみたい。

また、歌の最後が「春を忘るな」と「春な忘れそ」で文献・出典によって分かれているが、これはどちらが菅原道真の和歌として正しいのか、という点についても情報をまとめておく。

京都御苑内の梅の花

写真:京都御苑内の梅の花(出典:Wikipedia/by PlusMinus)

なお、なぜ「東風」を「こち」と読むのか?その語源・由来については、こちらのページ「東風 こち 語源・由来は?」でまとめている。

歌全体の意味

まずは、和歌全体の意味・内容・現代語訳を見ていこう。

東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅の花
主(あるじ)なしとて 春を忘るな(春な忘れそ)

現代語訳:

春風が吹いたら、匂いを(京から太宰府まで)送っておくれ、梅の花よ。主人(菅原道真)がいないからといって、春を忘れてはならないぞ。

背景:

この歌は、菅原道真が無実の罪を着せられて太宰府へ左遷される前に、大事にしていた梅の木を前にして語り掛けるように詠んだ作品。

古語「をこす」

「にほひをこせよ」の「をこせ」は、古語「遣す(おこす)」のこと。意味としては、「こちらへ送ってくる、よこす」となる。現代でも「手紙をよこす」「車をよこす」などと使われている。

なぜ東が春?中国の五行説

なぜ「東風」が春風になるのか?それは、中国の自然哲学「五行説(五行思想)」に由来している。まずは、五行説の概念をまとめた下の図をご覧いただきたい(出典:Wikipedia)。

五行説では、万物は「木・火・土・金・水」の5種類の元素に分類され、方角や季節などすべての概念がそれぞれの要素に結び付けられている。

この図の左側の「木」の部分を見てみると、季節の「春」は、方角の「東」と同じ「木」の元素に結び付けられており、東風は春風を意味することになる。中国の諺「馬耳東風」の「東風」も同じ。

ちなみに、麻雀(マージャン)で4人が座るそれぞれの方向が「東南西北(とんなんしゃーぺい)」の順番に並んでいるのは、五行説における春夏秋冬に対応しており、麻雀も五行説から影響を受けていることが分かる。

その他、七夕(たなばた)の五色の短冊の色や、鯉のぼりの5色の吹き流しの色も、この五行説の5色に基づいている。

「春を忘るな」と「春な忘れそ」

歌の最後が「春を忘るな」と「春な忘れそ」のどちらなのか、文献・出典によって分かれている点について、情報をまとめてみたい。

菅原道真が詠んだ「東風吹かば…」は、様々な和歌集に掲載されているが、最も古い文献、つまり初めてこの歌が掲載されたのは、1006年頃に編纂された『拾遺和歌集』(しゅういわかしゅう)である。

東風吹かば にほひをこせよ 梅花
主なしとて 春を忘るな

<『拾遺和歌集』巻第十六より>

これを見る限り、初出の「春を忘るな」が菅原道真の和歌のオリジナルと考えるのが自然なように思われるが、どうなのだろうか。

それでは、「春な忘れそ」の初出は一体どの和歌集なのだろうか?

「春な忘れそ」の初出は、上述の『拾遺和歌集』から180年後、平安末期に編纂された仏教説話集『宝物集』(ほうぶつしゅう)とされている。

東風ふかば にほひをこせよ 梅の花
あるじなしとて 春なわすれそ

<『宝物集』巻第二より>

「春を忘るな」の初出から「春な忘れそ」の初出まで180年もの年月が流れており、後世になって編者によって何らかの変更が加えられたのではないかと推測される。

さらに、出典の信頼度という点から見れば、『拾遺和歌集』は天皇や上皇の命により編纂された勅撰和歌集(ちょくせんわかしゅう)であり、『宝物集』は平康頼が個人的に編纂した説話集であることを比べると、資料の信頼度は『拾遺和歌集』の方が圧倒的に格上。

やはり、菅原道真の和歌の原型は、勅撰和歌集であり初出の『拾遺和歌集』に記された「春を忘るな」と考えるのが素直な結論のように感じられるが、本当のところはどうなのだろうか。

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