明治時代の流行歌・有名な曲

明治時代に流行した有名な軍歌・行進曲や社会風刺の歌まとめ

明治時代に流行した有名な歌・代表的な歌を、いくつかピックアップして簡単にまとめてみた。

明治時代の流行歌としては、明治27年(1894年)の日清戦争、明治37年(1904年)の日露戦争の影響や、自由民権運動の高まりなどから、軍歌・行進曲や社会風刺の歌が大きな位置を占めている。

明治村 帝国ホテル

なお、明治時代の童謡・唱歌については、こちらの「明治時代の有名な童謡・唱歌」でまとめている。

大正時代の流行歌については、こちらの「大正時代の童謡・唱歌・流行歌」を参照されたい。

写真:博物館「明治村」(愛知県名古屋市/出典:タウンワーク)

軍歌・行進曲

宮さん宮さん
明治元年(1868年)頃に作曲された。歌詞の囃子ことばから、『トコトンヤレ節』または『トンヤレ節』とも呼ばれる。
元寇 げんこう
明治25年(1892年)に発表された軍歌で、鎌倉時代にモンゴル帝国が日本へ侵攻した「元寇」がテーマ。黒澤明監督による1944年の映画「一番美しく」で印象的に用いられている。
小楠公 しょうなんこう 永井建子
『歩兵の本領』や『アムール川の流血や』メロディ原曲とされる楽曲
歩兵の本領 歌詞の意味・解説
万朶の桜か襟の色 永井建子『小楠公』を転用した明治時代の軍歌
軍艦行進曲(軍艦マーチ)
明治33年(1900年)に初演された。戦後はパチンコ屋BGMとして人気を博した。現在では海上自衛隊の儀礼曲に指定されている。

社会風刺の歌

ダイナマイト節
明治19年(1886年)頃に流行した『壮士節』が元唄。「国利民福(こくりみんぷく)増進して 民力休養(みんりょくきゅうよう)せ もしもならなきゃ ダイナマイトドン」の歌詞が有名。
オッペケペー節
明治20年代に流行。落語家・講談師の川上音二郎が寄席や芝居の幕間に歌った。「権利幸福嫌いな人に 自由湯をば飲ましたい」などと自由民権運動を風刺する内容。
東雲節 しののめぶし
名古屋の娼妓(しょうぎ)・東雲(しののめ)の脱走事件がモチーフ。演歌師によって全国に広まった。『ストライキ節』とも。
ラッパ節
日露戦争が終結した明治38年(1905年)頃から広まった明治の流行歌。囃子ことばから『トコトット節』とも題される。

民謡・俗謡その他

デカンショ節
兵庫県篠山に伝わる盆踊り歌。明治後期から大正時代にかけて学生歌として流行した。兵庫県篠山市では、『デカンショ節』で総踊りを行う「デカンショ祭」が毎年8月に開催されている。
アムール川の流血や 歌詞と解説
永井建子作曲の軍歌『小楠公』を原曲とする明治時代の寮歌
梅が枝の手水鉢 歌詞の意味
叩いてお金が出るならば その時や身請をそれたのむ
ホーカイ節(法界節)
中国大陸から長崎に伝わった明清楽(みんしんがく)を基に、月琴(げっきん)や胡弓(こきゅう)を奏でながら流しで歌われた明治時代の流行歌。『長崎節』とも題される。歌の終わりの「不開(ホーカイ)」という囃子ことばが特徴。演奏する若い芸人は「法界屋(ほうかいや)」と呼ばれ、大衆の人気を集めた。
猫じゃ猫じゃ(おっちょこちょい節)
江戸時代や明治時代に流行した俗謡・端唄(はうた)。囃子ことばの「オッチョコチョイノ チョイ♪」から『おっちょこちょい節』と呼ばれる。
美しき天然
明治35年(1902年)に作曲された唱歌。「日本初のワルツ」としても紹介される。大正・昭和初期にチンドン屋の定番曲として盛んに演奏された。

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