三百六十五歩のマーチ 歌詞の意味は?

幸せは歩いてこない だから歩いてゆくんだね

「しあわせは歩いてこない だから歩いてゆくんだね」が歌い出しの『三百六十五歩のマーチ』は、1968年(昭和43年)にリリースされた水前寺清子(すいぜんじ きよこ/1945-)の代表曲。

セントルイス・ブルース・マーチを思わせる軽快なイントロから、「一日一歩 三日で三歩」「人生はワンツーパンチ」など明るく前向きなフレーズが人気を博し、水前寺清子にとって最大のヒット曲となった。

1964年の東京オリンピック、そして好景気が続いた高度経済成長期の日本において、『三百六十五歩のマーチ』は日々努力する勤勉な日本人の応援歌として国民的人気を得た。

リリース後も長きにわたってテレビCMやアニメ主題歌などに用いられた。近年では、水前寺清子の故郷・熊本市を襲った2016年熊本地震からの復興ソングとして、本人出演のミュージックビデオで同曲の替え歌が使用された。

【試聴】 三百六十五歩のマーチ 水前寺清子

一番の歌詞について

『三百六十五歩のマーチ』における歌詞について、その意味や時代背景等について若干補足してみたい。

まずは、最も印象的で有名な一番の歌詞を次のとおり引用する。

しあわせは歩いてこない
だから歩いてゆくんだね
一日一歩 三日で三歩
三歩進んで 二歩下がる

人生は ワンツーパンチ
汗かき べそかき 歩こうよ
あなたのつけた 足あとにゃ
きれいな花が 咲くでしょう

<引用:『三百六十五歩のマーチ』一番の歌詞より>

意味としては、幸せは向こうからやって来ないから、こちらから幸せに向かって一歩ずつ着実に歩いていこう、といった内容になる。

「ワンツーパンチ」については、行進曲・マーチとして歩調を整える「ワン・ツー」という掛け声と、ボクシングの攻撃法を掛けていると思われる。

60年代のボクシングブームについて

『三百六十五歩のマーチ』がリリースされた1960年代は、日本でボクシング・ブームが起きており、1968年のメキシコシティーオリンピックでは、バンタム級代表の森岡栄治が銅メダルを獲得するなど、日本ではボクシングが大流行していた。

ボクシングをテーマにしたスポーツ漫画「あしたのジョー」(画:ちばてつや)の連載が開始されたのも、『三百六十五歩のマーチ』がリリースされた同じ年の1968年のこと。

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写真:あしたのジョー COMPLETE DVD BOOK vol.1

当時のボクシング・ブームがそのまま『三百六十五歩のマーチ』の歌詞に反映されているのは大変興味深い。

足あとの花と釈迦

「あなたのつけた 足あとにゃ きれいな花が 咲くでしょう」の部分については、仏教の開祖であるお釈迦様(おしゃかさま)の誕生にまつわる伝説が思い出される。

生まれたばかりのお釈迦様は、すぐに立ち上がって歩き出し、その足跡の一つ一つから大輪の蓮(ハス)の花が咲いたと伝えられている。

そして、お釈迦様はその蓮の花の上に立ち、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげ ゆいがどくそん)」 と第一声をあげたという。

泥水の中で大輪の花を咲かせる蓮は、困難を乗り越えて悟りの道を開く仏教の教えと重なる。三歩進んで二歩下がるような苦難を前にしても、一歩一歩幸せに向かって歩いていこうという仏教的なエッセンスが見え隠れしているように思われる。

二番の歌詞について

『三百六十五歩のマーチ』二番の歌詞を次のとおり引用する。

しあわせの扉はせまい
だから しゃがんで通るのね
百日百歩 千日千歩
ままになる日も ならぬ日も

人生は ワンツーパンチ
あしたのあしたは またあした
あなたはいつも 新しい
希望の虹を だいている

<引用:『三百六十五歩のマーチ』二番の歌詞より>

「しあわせの扉はせまい だから しゃがんで通るのね」という歌詞からは、しゃがむために腰を低くし頭を下げるように、幸せに向かう困難な道のりでも低姿勢で謙虚であれとのメッセージが込められているように感じられる。

ちなみに入り口が狭いといえば、日本式の茶道における茶室の狭い入り口が思い出される。正座のまま少しづつ膝を前に進ませて入ることから、茶室の入り口は躙り口(にじりぐち)と呼ばれる。

茶室の躙り口

写真:茶室の躙り口(出典:Wikipedia)

茶室の入り口が狭い理由については諸説あるが、一説には、高い身分の人も低い身分の人も茶室の中では皆平等であり、どんなに身分の高い人も、茶室に入るときには入り口で頭を下げ低い姿勢をとらせるためとされている。

『三百六十五歩のマーチ』の歌詞においても、どんな偉い人でも幸せをつかむには低姿勢で謙虚でなければならない、といったような意味合いが込められているように思われる。

あしたの連呼について

歌詞の「あしたのあしたは またあした」において、「あした」がくどいほど連呼されている理由としては、まず上述のボクシング漫画「あしたのジョー」が意識されている可能性が考えられる。

次の理由としては、『三百六十五歩のマーチ』の約4年前にリリースされた坂本九の大ヒット曲『明日があるさ』が遠因となっている可能性もあるかもしれない。

三番の歌詞について

『三百六十五歩のマーチ』三番の歌詞を次のとおり引用する。

しあわせの 隣にいても
わからない日も あるんだね
一年三百六十五日
一歩違いで にがしても

人生は ワンツーパンチ
歩みを止めずに 夢みよう
千里の道も 一歩から
はじまることを 信じよう

<引用:『三百六十五歩のマーチ』三番の歌詞より>

三番の歌詞では、「千里の道も一歩から」という有名なことわざの意味・語源・由来について軽くふれておきたい。

まず、千里の「里(り)」とは、中国由来の距離の単位で、漢の時代には1里の長さは400mほどであった。したがって、漢の時代における「千里」は約400㎞となる。

明治時代以降の日本では、1里は約3.9kmと定められたため、日本では「千里」は約4000㎞となる。

さて、「千里の道も一歩から」の語源については、古代中国の哲学者・老子(ろうし)による次のような格言が元になっている。

合抱之木 生於毫末
九層之臺 起於累土
千里之行 始於足下

<書き下し:合抱の木も毫末より生じ、九層の台も、累土より起こり、千里の行も足下より始まる>

『三百六十五歩のマーチ』の歌詞において、幸せをつかむには何歩ぐらい歩けばいいのかについては何ら説明はないが、千里も歩くのは大変なので、できればすぐ隣にある幸せに感謝できる毎日を送りたいものだ。

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