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| ミンストレル・ショーのポスター(出典:Wikipedia) |
フォスターの曲の多くは「ミンストレル・ショー」を通じて多くの人に広まっており、彼と「ミンストレル・ショー」は切っても切れない関係にある。
「ミンストレル・ショー」とは、白人が焦がしたコルクで顔を黒く塗り、黒人の格好を真似て歌い踊るショーの一形態で、フォスターの幼少期(1820年後半から1830年前半)から爆発的人気を呼んでいた。
フォスターもその流行のショーを気に入ったのか、当時近所の家の少年達により組織されていた「セスピアン・カンパニー」という劇団に参加し、この「ミンストレル・ショー」の真似事をして楽しんでいたという。
この「ミンストレル・ショー」で顔を黒くぬった白人俳優によって演じられたキャラクターは、人は良いがちょっと間抜けで不恰好で滑稽な黒人。この黒人像は、劇場の近くで働いていた体の不自由な黒人がモデルとなったそうだ。
この白人扮する滑稽な黒人の奇妙な姿や歌は当時の観客に非常に受けがよく、更に自分より下の人間を見下して楽しむという差別意識が根底にあったせいか、特に白人の中でも貧しかった労働者階級の人々に広く受け入れられていった。
この「ミンストレル・ショー」が与えた「黒人」のイメージは相当に強烈なものがあった。南北戦争後の奴隷解放の動きを受けて、本物の黒人たちが舞台やショーに出演するようになってきた頃、本物の黒人なのだから何もしなくても黒人のはずなのに、今まで通りの「黒人」のイメージに近づけるため、浅黒い肌をコルクで真っ黒にしなければならなかったという。
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| Definitive New Christy Minstrels [Best of] |
フォスターが二十歳前後の1840年代には、ヴァージニア・ミンストレルズ(Virginia Minstrels)やクリスティー・ミンストレルズ(Christy Minstrels)といった有名なミンストレル・グループが生まれている。
クリスティー・ミンストレルズは、当時のミンストレル演奏形態のスタンダードを確立しただけではなく、その後の音楽界に非常に強い影響を与えた歴史的に大変意義深いグループ。フォスターはこのクリスティー・ミンストレルズのリーダーであったエドゥイン・クリスティー(Edwin P. Christy)に数多くの曲を提供している。
ちなみに、クリスティー・ミンストレルズといえば、『グリーン・グリーン』をリリースしたアメリカのフォークグループ「ニュー・クリスティー・ミンストレルズ(New Christy Minstrels)」のバンド名の元になったグループとしても知られている。
【関連ページ】 ニュー・クリスティー・ミンストレルズ 『グリーン・グリーン』
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| 夢みる人―作曲家フォスターの一生 |
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| The Civil War - Traditional American Songs |
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