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| 離散するユダヤ人―イスラエルへの旅から |
小学校の音楽の教科書にも載っていたこの仔牛の歌に一体どんなエピソードが秘められているのでしょうか。それには、次の2冊の本の記述が参考になります。
○『アドルノ~非同一性の哲学』(細見和之著/講談社)
まず、『離散するユダヤ人』の一節から触れていきたいと思います。この本は、1492年にスペインのカトリック王によって発令されたユダヤ人追放令によってスペインを追放された15万人以上のユダヤ人の足跡をたどって、作者がモロッコ・エジプト・イスラエルを旅してその過酷な歴史を紐解いていくというノンフィクションです。
全部で216ページのとても薄い新書なのですぐに目を通すこともできますが、とりあえず該当個所について見てみたいと思います。
最終章(第5章)の後半(p203~)ほどのひとくだりに、作者が現地の人々に「ドナドナ」の歌の「ドナ」の意味を聞いてまわっている箇所があります。実は作者は、このイスラエルの旅に出る前から、「ドナ」は「アドナイ(ドイツ語で『わが主』を意味する)」の短縮形であるという考えをもっており、この旅はその確認の意味もこめられていたとのことでした。
その作者が拠り所としていた情報源は、あるドイツのフォークグループが出しているCDの解説書で、それによると「ドナドナ」はワルシャワ・ゲットーの詩人イツハク・カツェネルソンが作詞者で、彼の妻と二人の息子が1942年絶滅収容所に連れられた時の印象に基づいて書かれた歌であるとのことです。
今回の旅はそんな彼の考えを裏付けるはずだったのですが、実際にイスラエルの人々に意見を伺ってみると、「あれは水だ。」とか「あれは、ロシアから伝わってきた歌だからドナとは川、もっと厳密に言えばドン川」などと言った答えが返ってきて、作者はかなりショックを受けたようです。
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| イツハク カツェネルソン (著) 滅ぼされたユダヤの民の歌 |
エルサレム・ヘブライ大学でイディッシュ文学を専攻している学生からは、「アドナイ」の短縮形が「ドナ」になることは絶対にない、と明確に否定までされてしまったのです。
この旅では結局彼の考えを裏付けるコメントに出会うことはできなかったようですが、作者は最後に、「この人々の心を無意識に惹きつけてやまない言葉はユダヤ人にとって自由への希望であった」と締めくくっています。
それにしても、本当にこの歌は「彼の妻と二人の息子が1942年絶滅収容所に連れられた時の印象に基づいて書かれた歌」だったのでしょうか?
結局確かなところは判明しなかったようですが、こういう背景が本当にあったとすると、あの得も言われぬ物悲しいメロディーと仔牛に託された悲痛な思いが身にしみて感じられるようで、この「ドナドナ」がなんだか今までとは少し違って聞こえてきそうです。
次は『アドルノ~非同一性の哲学』(細見和之著/講談社)における「ドナドナ」の記述についてコメントしたいと思います。
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| 私家版・ユダヤ文化論 |