リパブリック讃歌の謎

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カンサス・ネブラスカ法成立~ミズーリ協定の破棄~

 奴隷制度及び奴隷州拡張の試みが、逃亡奴隷追及と相俟って国内の自由州の方向に向かってのばされると、奴隷州と自由州の対立はもはや妥協は困難なものとなっていきました。

 1853年、大陸横断鉄道を敷くためにミズーリ州の西方を准州にする構想が、イリノイ州選出上院議員スティーブン・ダグラス(Stephen A. Douglas 1813-61)から提案されます。この准州は36度30分以北に位置しており、1820年のミズーリ協定によれば当然自由州に編入されることになるので南部の上院議員は当然激しく反対するのですが、鉄道敷設に大きな関心を持っていたダグラスはこの南部派の反対に対して次の妥協案を示して南部の納得を引き出そうとしたのです。

「カンサス州が自由州・奴隷州のどちらになるかは住民の決定に委ねる」

これにはたちまち各方面から多くの議論が巻き起こったため、ダグラスはネブラスカをも追加で准州とする案を出し、仮にカンサスが奴隷州になってもネブラスカを自由州にして上院のバランスの維持を可能にしようとしました。

 ダグラスによるこれらの法案はいわゆる「カンサス・ネブラスカ法」として1854年5月に成立しましたが、これは結局1820年のミスーリ協定を事実上あっさり破棄してしまうことを意味し、その結果南部の奴隷州拡張を北部の方向へ推し進めることを許し、実質的に南北の対立をより一層激化させる結果をもたらしたのでした

1854年共和党結成~南北対立の激化~

 ミズーリ協定をいとも簡単に覆してしまったカンサス・ネブラスカ法に対して民主主義的抗議運動が高まり、ウィスコンシン州リボンでは1854年3月、地方ホゥィッグ党員の奴隷制度反対者であったオルバン・E・ボヴェイが他党の奴隷制度反対者に呼びかけ、その地方のいくつかの既存の党を解体し、新たに共和党が結成されました。

 この新党結成の動きはミシガン、オハイオ、インディアナ、ニューイングランド、ニューヨーク等にも発展し、1855年頃には共和党は全国的組織へとその規模を拡大していきました。今まではっきりした態度を取らなかった労働運動も共和党の動きに賛同して奴隷問題に正面から取り組み始めるなど、1855年から翌年の大統領選挙の年にかけては、アメリカ全土が奴隷制度を巡って南北対立の激化に沸き立っていた年となっていきました。

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