
アメリカ=メキシコ戦争(1846~48)によって獲得したカリフォルニアのサクラメントの近くで1848年に金鉱が発見されると、世界中から一攫千金を夢見るおびただしい移民が殺到しました。この人口の急増したカリフォルニアを連邦に編入する際、奴隷制禁止の自由州にするか奴隷制度を認める奴隷州にするかで再び南部と北部の対立が激化し、南部奴隷州の激しい抵抗の結果、主に次のような妥協案が成立しました(いわゆる「1850年の妥協」)
①カリフォルニアは自由州として編入
②南部が要求するテキサスの州境拡大は認めないが、
テキサスの負債1000万ドルを連邦政府が肩代わりする。
③より厳格な逃亡奴隷取締法を施行する
妥協といってもただの南部奴隷州によるゴリ押しで、この妥協案により当面の危機は回避されるのですが、様々な要因により非常に苦境に立たされていた南部奴隷州は、その後も更に北部州に対して無理な要求を突きつけ、南部と北部の対立はもはや回避不可能な状況にまで悪化してしまうのです。
1848年1月24日に農場主ジョン・サッターの使用人ジェームス・W・マーシャルがアメリカン川で砂金を発見したことで始まったゴールドラッシュですが、その採掘作業は決して生半可な覚悟で行えるものではなく、すぐに着ている服もボロボロになってしまう程の厳しい環境にありました。
一攫千金の夢を見て世界中から集まった鉱夫達からは、この厳しい採掘作業にも耐えられるような作業着を求める声が数多くあがっており、これに目をつけた布製品の卸売業者のリーバイ・ストラウス(Levi Strauss/1829-1902)は、テントに用いられる厚手の生地を転用し、丈夫で長持ちするジーンズを開発すると、それは瞬く間に鉱夫達の大評判となりました。リーバイ・ストラウスはその後カリフォルニア州サンフランシスコでリーバイ・ストラウス株式会社(Levi Strauss & Co.) を設立し、今日に至ります。
ゴールドラッシュでもっとも人々が世界中から集まったのが1849年前後ですが、この49年という年代をとって、カリフォルニアに集まってきた世界中の人々をフォーティーナイナー(forty-niner/49er)と呼びます。「雪山讃歌(クレメンタイン)」の歌詞に登場する「forty-niner」も同じものを指します。
また、カリフォルニア州サンフランシスコ市に本拠地を置くアメリカ合衆国・NFL のアメリカンフットボールチーム、サンフランシスコ・フォーティナイナーズ(San Francisco 49ers)のチーム名もゴールドラッシュにちなんで命名されています。