Land of Hope and Glory
希望と栄光の国


Pomp and Circumstance from Edward Elgar's "Coronation Ode", 1902

国王エドワード7世によって絶賛された「威風堂々」のメロディー

威風堂々、エルガーベスト

エドワード・エルガーは、1857年6月2日、イギリスのWorcester(ウースター)近郊のLower Broadheath(ローワー・ブロードヒース)で、父ウィリアム・エルガーと母アンの間の4番目の子供として誕生した(7人兄弟)。

父ウィリアムがピアノの調律や楽器販売で生計を立てていた関係で、幼い頃から楽譜や楽器に囲まれながら、エドワードは自然と楽器や音楽の知識を身に付けていった。

主に近くの学校や地元の上流階級の子息等にピアノやバイオリンのレッスンを行って生計を立てていた彼は、29歳の時(1886年)に入門してきた生徒の一人であるCaroline Alice Roberts(キャロライン・アリス・ロバーツ)と運命の出会いを果たす。

周囲の反対を押しのけてキャロラインと結婚

彼女はエルガーより8歳年上で、しかも上流階級の娘というギャップもあったが、音楽という共通の趣味を持つ二人が惹かれあっていくのに時間はかからなかった。

地位も名誉もなく財産もない一介の音楽家との結婚には、周囲から強い反対を受けたようだ。それでも、二人は1889年5月8日、エルガー32歳のときにめでたく結婚を果たした。

以後、彼女はエルガーの音楽活動において、非常に大きな支えとなっていった。結婚前にエルガーが彼女のために捧げた「愛のあいさつ(Salut d'amour)」は日本でも多くの人に愛されている。

国王の絶賛を受けた『威風堂々』の旋律

その後、エルガーは42歳(1899年)のときに発表したエニグマ変奏曲で名声を獲得。更に1901年に初演された『威風堂々』第1番の中間部の旋律は、時の国王エドワード7世によって絶賛される。

そこには後に歌詞が付けられ、「Land of Hope and Glory(希望と栄光の国)」として、今日のイギリスにおける「第2の国歌」として、多くの人々に親しまれている。

エルガー:行進曲「威風堂々」
指揮: ショルティ(サー・ゲオルク) 、演奏: ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団, シカゴ交響楽団

【試聴】 希望と栄光の国(エルガー行進曲「威風堂々」第1番)

歌詞・日本語訳(意訳)

Land of Hope and Glory, Mother of the Free,
How shall we extol thee, Who are born of thee?
Wider still and wider Shall thy bounds be set;
God, who made thee mighty, Make thee mightier yet.

希望と栄光の国 自由の母よ
如何に汝を賞揚せん
誰ぞ汝により生まれ出でん
汝の領土は更に拡大を続け
汝を強大ならしめた神は
今も汝を強大ならしめん