早春賦
作詩:吉丸一昌/作曲:中田章

暦の春は来たれども 時にあらずと谷のうぐいす

 東京音楽学校の教授だった吉丸一昌は、『尋常小学校唱歌』の編纂委員として活動しており、大正の初期に長野県安曇野を訪れ、穂高町あたりの雪解け風景に感銘を受けて「早春賦」の詩を書き上げたとされている。

 安曇野は北アルプス山麓の豊富な湧水を利用したワサビの栽培やニジマスの養殖が盛んで、穂高川の土手には『早春賦』の歌碑が建てられ、毎年4月に「早春賦音楽祭」が開かれている,(写真:長野県安曇野市を流れる穂高川/出典:Wikipedia)。

立春を過ぎたら本当に春?

 歌詞の「春は名のみの」とは、立春(りっしゅん)を過ぎて暦の上での「春」になったことを指す。

 立春は二十四節気の1つで、冬至と春分の中間にあたり、この日から立夏の前日までが暦の上での「春」となる。通常は2月4日頃で、九州など暖かい地方では梅が咲き始める。立春の前日は節分、立春から数えて88日目を八十八夜と呼ぶ。文部省唱歌「茶摘(ちゃつみ)」ではこの八十八夜が歌詞に歌いこまれている。

 作曲者中田章(なかた あきら)は、『夏の思い出』『ちいさい秋みつけた』『雪の降る街を』などで有名な中田喜直の父。中田親子による作品にはモーツァルトやショパンなどの有名なクラシックから影響を受けたと思われるものが散見され、この「早春賦」はモーツァルト作曲「春への憧れ(K596)」と非常に曲想が似通っている。

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歌詞

春は名のみの 風の寒さや
谷のうぐいす 歌は思えど
時にあらずと 声もたてず
時にあらずと 声もたてず

氷融け去り 葦はつのぐむ
さては時ぞと 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
今日も昨日も 雪の空

春と聞かねば 知らでありしを
聞けばせかるる 胸の思いを
いかにせよと この頃か
いかにせよと この頃

 
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