かなりや(唄を忘れた かなりやは)

生活苦で詩人への夢から遠ざかりかけていた西條八十

「唄を忘れた かなりやは」が歌いだしの『かなりや』は、作詞:西條八十、作曲:成田為三による日本の童謡。原詩は1918年の童謡雑誌「赤い鳥」11月号に掲載された。

作詞者の西條八十(さいじょう やそ/1892-1970)は裕福な家庭に生まれたが、父親の死後に兄が散財し家庭は没落。

文学・詩人を目指していた西條だったが、一家を支えるために様々な商売で日銭を稼ぎ苦労を重ねた。

【試聴】小鳩くるみ かなりや

鈴木三重吉から声を掛けられ童謡作家に

苦しい生活の中でも、同人文学雑誌に自作の詩を発表していた西條。その作品が認められ、「赤い鳥」創始者の鈴木三重吉から直々に童謡作家として声を掛けられた。

「唄を忘れた かなりやは」の歌詞は、生活苦の中、詩人になる志から遠ざかりかけていた当時の西條そのもの。

自らをカナリヤと重ね合わせた童謡『かなりや』では、詩人の夢を諦めたわけではないとでもいわんばかりに、歌詞の最後で「象牙の船に 銀の櫂 月夜の海に浮かべれば 忘れた唄を思い出す」と締めくくられている。

詩人としての地位を確立した西條はその後、童謡『肩たたき』、『鞠と殿さま』などの人気曲を発表したほか、戦後歌謡曲の作詞家としても才能を開花し、『青い山脈』、『東京音頭』、『蘇州夜曲』、『王将』(歌:村田英雄)などの名曲を世に生み出している。

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