月がとっても青いから 歌詞の意味

遠まわりして帰ろう 二人っきりで サ帰ろう

『月がとっても青いから』は、1955年(昭和30年)に発表された菅原都々子の大ヒット曲。作詞:清水みのる。作曲の陸奥明は菅原都々子の父。

歌い出しの「月がとっても青いから 遠回りして帰ろう」という歌詞のインパクトが非常に大きく、ここだけ覚えていて時々口ずさむという人も少なくないと思われる。

青白い月

カバーしたアーティストとしては、美空ひばり、香西かおり、大月みやこ、天童よしみ、由紀さおり・安田祥子、おおたか静流(しずる)、森昌子、氷川きよしなど多数存在する。

難解な歌詞はないが、一番から三番までの歌詞について、ポイントとなる箇所を簡単に解説・補足してみたい。

【試聴】月がとつても青いから 菅原都々子

【試聴】 森昌子 月がとっても青いから

一番の歌詞について

『月がとっても青いから』一番の歌詞を次のとおり引用する。

月がとっても青いから
遠まわりして帰ろう
あの鈴懸(すずかけ)の並木路(なみきじ)は
想い出の小径(こみち)よ
腕をやさしく組み合って
二人っきりで サ帰ろう

<引用:『月がとっても青いから』一番の歌詞より>

「鈴懸(すずかけ)」とは、落葉広葉樹のスズカケノキのこと。鈴のような果実をつけることからこの名がついた。日本では街路樹としてモミジバスズカケノキが多く見られる。プラタナスとも呼ばれる。

モミジバスズカケノキ

写真:モミジバスズカケノキ(出典:Wikipedia)

鈴懸といえば、立教大学出身の灰田勝彦が歌唱した歌謡曲『鈴懸の径(すずかけのみち)』が広く知られている。

1942年(昭和17年)にリリースされた『鈴懸の径』は、灰田勝彦の母校・立教大学のキャンパス内にある鈴懸の並木道がモデルとなっている。

立教大学キャンパス内の「鈴懸の径」

写真:立教大学キャンパス内の「鈴懸の径」(出典:立教大学Webサイト)

『月がとっても青いから』の作詞者・清水みのるも立教大学出身(英文科)であることから、母校に関連の深い「鈴懸」を歌詞に取り入れた可能性も考えられる。

二番の歌詞について

『月がとっても青いから』二番の歌詞を次のとおり引用する。

月の雫(しずく)に濡れながら
遠まわりして帰ろう
ふと行きずりに知り合った
想い出のこの径(みち)
夢をいとしく抱きしめて
二人っきりで サ帰ろう

<引用:『月がとっても青いから』二番の歌詞より>

「月の雫(しずく)」とは、植物の葉の表面などに降りた露(つゆ)のこと。秋など昼と夜の寒暖差の大きい季節の夜間や早朝などに見られる。

月の雫 草の露

「行きずり」とは、三省堂「大辞林 第三版」の解説によれば、「道ですれちがうこと。たまたま通りかかること。通りすがり。かりそめ。」などの意味がある。

三番の歌詞について

『月がとっても青いから』三番の歌詞を次のとおり引用する。

月もあんなにうるむから
遠まわりして帰ろう
もう今日かぎり逢えぬとも
想い出は捨てずに
君と誓った並木みち
二人っきりで サ帰ろう

<引用:『月がとっても青いから』三番の歌詞より>

「うるむ」とは、うるおいを帯びること。この歌詞では、登場人物の二人が別れを惜しんで悲しみ、目に涙をためていたために視界が涙でにじんだ状態のようにも解釈できる。

「もう今日かぎり逢えぬ」理由については、歌詞の中では明らかにはされていない。大学時代に付き合っていた二人が、卒業を機に離れ離れになったというストーリーも想像できそうだ。

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