黄色いリボンの謎

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黄色いリボンの意味の違い

 1979年のテヘラン米大使館占拠事件において、人質となった夫の無事の生還を祈ってoak tree(オーク)の幹に黄色いリボンを巻きつけていたMrs.Laingenは、きっとこの"Tie a Yellow Ribbon Round the Ole Oak Tree."のストーリーを無意識のうちに真似ていたものと思われます。

 なお、"Tie a Yellow Ribbon Round the Ole Oak Tree."では、自ら犯罪を犯して投獄された前科者が、帰ってくる事を寛容にも許してもらえたというストーリーでした。

 これに対し、テヘラン米大使館占拠事件において人質となった夫は、別に犯罪を犯したわけでもなく、帰ってくることについて何ら咎められる筋合いはありません。

 これらの異なるケースについて、同じように黄色いリボンが用いられているため、その意味合いの違いを理解しておくことが必要でしょう。

 つまり、たとえ愛するものが犯罪を犯して捕まっても私はあなたを待っていますという意思表示のための黄色いリボンだったのが、ウォーターゲート事件であり、"Tie a Yellow Ribbon Round the Ole Oak Tree."のストーリーでした。

 これに対して、テヘラン米大使館占拠事件のMrs.Laingenのケースでは、遠いところで大変な目に遭っている大切な人の安否を気遣う意味で使われていました。

 どちらが正しくて、どちらが間違いだということではありません。どちらの用法が歴史が長いかといえばそれは後者のMrs.Laingenのケースなのですが、それはこの後のページを読み進んでいくと自ずと理解できると思います。

この歌詞のストーリーのルーツを巡る争い

宣誓 さて、1973年5月には3週間で3百万枚のセールスを記録したこの"Tie a Yellow Ribbon Round the Ole Oak Tree."のストーリーに対して、ある新聞記者が自分が権利者であると主張して、Irwin Levineと L. Russell Brownに対して訴えを起こしました。その新聞記者とは・・・次のページへ続きます。なお、参考までに、次表のとおり、これまでの出来事を時系列(新しい出来事が上)にまとめてみます。

年月 出来事
1979年 テヘラン米大使館占拠・人質事件
1977年10月 山田洋次監督「幸福の黄色いハンカチ」が劇場公開される
1975年1月 ウォーターゲート事件において選挙運動本部長であったJeb Stuart Magruder(ジェブ・スチュアート・マグルーダー)が逮捕・投獄され、彼の妻であるGail Magruderが彼女のポーチに黄色いリボンを巻きつけて監獄からの夫の帰りを待つ姿がアメリカのイブニングニュースで報道される。
1973年5月 "Tie a Yellow Ribbon Round the Ole Oak Tree."が大ヒット。
1972年7月 "Tie a Yellow Ribbon Round the Ole Oak Tree."が著作権登録される。
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