
「世界の民謡・童謡」ドナドナ研究室による研究テーマ第7弾は、第6弾に続いて「リパブリック讃歌」を取り上げます。前回の「歴史編」に続いて、ジョン・ブラウンや彼の支援者、「リパブリック讃歌」の歌詞やメロディの誕生・変遷、そして日本での「リパブリック讃歌」の普及の様子などにふれていきます。
前にも述べましたが、「リパブリック讃歌」にまつわる歴史的背景は意外と奥が深くて、ある程度予備知識がないと内容を理解しにくい部分がありますので、まだ「歴史編」を読んでいない方は是非ざっと「歴史編」に目を通しておくことを強くお勧めします。
「リパブリック讃歌」に関連する19世紀アメリカの歴史をコンパクトに記述
②「リパブリック讃歌 誕生編(ファイルNo.007)」(このページです)
「リパブリック讃歌」が生まれて日本に広まるまでのエピソード
参考:当サイト「ソングブック」の「リパブリック讃歌」のMIDIと歌詞のページ
「リパブリック讃歌」が当時のアメリカで北軍の軍歌として広まっていったひとつの大きなキーワードとして「ジョン・ブラウン」という人物が度々登場します。彼は熱心なアボリショニスト(奴隷制度反対論者)で、南北戦争を引き起こした最大の原因のひとつ「黒人奴隷」の解放にその一生を捧げた熱きヒーローとして今日の評価を受けています。
そういえば「リパブリック讃歌」と歌詞は違いますが、同じようなメロディーの歌に「ジョン・ブラウンの体」とか「ジョン・ブラウンの赤ちゃん」などの歌が知られていますが、このアボリショニストの「ジョン・ブラウン」との関係はもちろん皆無ではありません。「リパブリック讃歌」の謎を紐解くのに「ジョン・ブラウン」という人物は非常に重要になってきます。それでは、ドナドナ研究室ファイルNo.007「リパブリック讃歌 誕生編」スタートです。