
熱病にかかったジョンが助けを求めた女性は、プリンセス・ピーアイ(Princess
P.I.)と呼ばれる地元の育ちのいい黒人女性で、現地での最も重要な女主人であり、クロー氏の繁栄は彼女の影響力のおかげでした。
クロー氏が島を離れている間、何故か彼女はジョンに対して非情なまでに冷たく接し、それまで使用していた小屋を取り上げ、取引される黒人達を収容しておくシェルターに彼を押し込み、食事もほんのわずかな量しか与えませんでした。空腹に耐えかねた彼は、シェルター内に生えていた植物の根を生のままかじって飢えをしのぎました。
彼女が何故彼にこんなにも冷たく接した理由は定かではありません。クロー氏が戻ってくると、また以前のまともな待遇に戻されましたが、それまでの冷遇をクロー氏に話しても彼は全く対処してくれませんでした。
彼の不運はまだ続きました。クロー氏の使用人として更に別の船旅に出ていたジョンでしたが、彼がクロー氏を騙そうとしているという根拠のない疑いを他の乗組員からかけられ、クロー氏がそれを信じてしまったのです。ジョンは甲板上に拘束され、食事も一日にご飯一口分しか与えてもらえず、それは陸に着くまで続きました。ちょうど雨季で天候は最悪な中、激しい風雨をさえぎるものはなにもなく、粗末な着衣で空腹で雨ざらしの辛い時間は丸二日も続いたのです。
ボスであるクロー氏の信頼を失い、島ではプリンセス・ピーアイに嫌われ、アフリカで一人孤立してしまったジョン。厳しい環境の中で辛い仕打ちを何度も受けてきた彼は身も心もボロボロになっていました。そんな彼は、幾何学に関するユークリッドの『原論』(the
first six books of Euclid)を読みふけることで、この悲しみや苦しみを紛らわそうとしていました。浜辺の砂浜をノート代わりに独学で理解を進めていったともいわれています。
ちなみに、ユークリッドは古代エジプトのギリシア系哲学者エウクレイデスの著書で、当時聖書に次いで世界的にベストセラーの人気を博しており、以後の幾何学の発展の基礎となった重要な書籍です。
やがてつらい状況に耐えられなくなったジョンは、父親に助けを求める一通の手紙を書きます。行方の知れない息子の身を案じた父親は、この手紙を受け取るとすぐに親友のマネスティ氏に再度依頼をして、彼の元へ迎えの船を手配しました。
一方で、彼の周りの環境も劇的に改善していきます。彼はクロー氏から他の貿易船で働くことを許され、移った別の船の船長であるウィリアム氏(Mr. Williams)がとてもいい人で、ジョンを一人前のパートナーとして扱ってくれ、貿易のマネージメントまで任せてくれる程に彼を信頼してくれました。ジョンはこの信頼に応えて一生懸命取引に没頭し、仕事に楽しさや充実感まで得られるようになっていたといいます。助けを求める手紙を書いてしまった彼でしたが、もうこのまま帰らなくてもいいとさえ思うようになっていたのです。
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