Flower of Scotland
フラワー・オブ・スコットランド

グレートブリテン島の北部3分の1を占め、イギリスにおけるカントリー(主権国家ではない)の一つとして独自の文化を継承するスコットランド(Scotland)。写真はスコットランドの首都エディンバラ(Edinburgh)の概観。

スコットランドの歴史は、同じくグレートブリテン島の南部に位置するイングランドとの長い戦いの歴史でもあった。事実上の国歌『スコットランドの花 Flower of Scotland』の歌詞でも、14世紀頃のスコットランド独立戦争の様子が描かれるなど、国歌の内容は国家の歴史と密接不可分なものとなっている。

イングランド王による侵攻開始

11世紀後半、ノルマンディー公ギヨーム2世によるイングランド征服、いわゆるノルマン・コンクエスト(The Norman Conquest of England)が起こると、ウィリアム1世らイングランド諸王はその延長としてスコットランドやウェールズにたびたび侵攻するようになった。

第5代イングランド王エドワード1世(在位:1272- 1307)は、イングランド王への忠誠を拒否したウェールズ公国の王族を1277年に滅ぼすと、1296年にはフランスと同盟を組みイングランド王に反旗を翻したスコットランド王を降伏させ、スコットランドを支配下に置いた。

英雄ウィリアム・ウォレスの反乱

1297年、後にスコットランドの英雄と讃えられるウィリアム・ウォレス(Sir William Wallace/1272-1305)が歴史上に登場する。

ウォレスの生涯は、アカデミー賞5部門を受賞した1995年のアメリカ映画『ブレイブハート Braveheart』(主演・監督:メル・ギブソン)で描かれ世界的に知名度を高めた(大部分がフィクション)。

イングランドによる支配に抵抗するグループの一員だったウォレスは、仲間らと共にイングランド人の州長官ヘッセルリグを襲撃・殺害し、以後20年近く続くスコットランド独立戦争の狼煙を上げた。

スコットランド独立戦争

ウォレスのもとに集まった民衆は反乱軍を組織、1297年9月にスターリング・ブリッジの戦い(Battle of Stirling Bridge)でイングランド軍を撃破した。

写真:ウィリアム・ウォレス像(出典:Wikipedia)

映画『ブレイブハート Braveheart』では、この戦いが大きくクローズアップされており、関連シーンの撮影に6週間が費やされたという。実際にはその名の通り橋を巡る攻防だったが、映画では平野での戦闘として描かれている。

名門貴族ロバート・ブルース(後のスコットランド王ロバート1世)は、戦いを指揮したウォレスの功績をたたえてナイトの爵位を授け、「スコットランド王国の守護者及び王国軍指揮官」の称号を与えた。

ウィリアム・ウォレスの死

しかし1298年7月のフォールカークの戦い(Battle of Falkirk)において、イングランド軍のロングボウを中心とする弓兵部隊(クロスボウ、投石器など)の前に大敗を喫すると状況は一変。反乱軍は一気に劣勢となり、スコットランド貴族側で講和の機運が高まった。

ウォレスはその後数年間にわたってゲリラ戦を展開し、イングランドへの徹底抗戦を続けたが、ついに1305年、スコットランド貴族の裏切りによりグラスゴー付近で生け捕りにされてしまう。身柄はロンドンへ移送され、イングランド史上最も残酷な刑の一つ、四つ裂きの刑(hanging, drawing, and quartering)で処刑された。

写真:1297年スターリング・ブリッジの戦いの舞台。写真上のモニュメントはウォレスの活躍を讃える「ウォレス・モニュメント(Wallace Monument)」

立ち上がった貴族ロバート・ブルース

ウォレスの死後、権力闘争を勝ち抜いて王位継承に名乗りを上げたのは、ウォレスに爵位を授けた貴族ロバート・ブルース(Robert de Brus/1274-1329)だった。

1306年、ロバートはイングランドに無断で戴冠式を強行しスコットランド王位を宣言。一旦はイングランド討伐軍に大敗を喫したものの、ダグラス城での勝利を皮切りに連戦連勝を重ねた。さらにイングランド王エドワード1世が病没すると、イングランド軍の勢いは完全に消失した。

勝敗を決したバノックバーンの戦い

1314年、ロバート1世の快進撃を食い止めるべく、イングランド王エドワード2世は自ら本隊を率いて、スコットランドの湿地帯バノックバーンでスコットランド軍と対峙した。後にスコットランドの事実上の国歌『スコットランドの花(Flower of Scotland)』のモチーフとなったバノックバーンの戦い(Battle of Bannockburn)である。

イングランド軍は弓兵と重装騎兵を主力とする2万5千の兵力、対するスコットランド軍は槍兵と剣士を中心とするわずか9千の兵力だった。

しかしロバート1世は湿地帯という足場の悪い戦場を最大限に生かし、足を取られて連携の取れないイングランド軍を翻弄。自ら前線に出て敵将を一騎打ちで手斧で討ち取るなど、ロバート1世の英雄的な行動はスコットランド軍の士気を大いに高め、強行軍で疲弊していたイングランド軍を潰走させた。

スコットランド独立 ステュアート朝成立

バノックバーンの戦いでの大勝利を契機に、イングランドはスコットランドにおける支配力を喪失。数年後にはすべてのイングランド兵が駆逐され、ついに1320年、ロバート1世はアーブロース寺院(Arbroath Abbey)にてイングランドからの独立を宣言した。

1371年にはロバート2世が即位しステュアート朝が成立。その後300年以上にわたってステュアート朝は存続するが、スコットランドを大きく揺るがす大事件が17世紀の初め頃に起きる。歴史の教科書でも有名な1688年「名誉革命」の勃発である。

イングランド王位を巡るクーデター「名誉革命」

1603年にステュアート朝のジェームズ1世がイングランドとスコットランドの王を兼ねて以来、両国は同君連合の関係にあった。そこへ1688年、オランダ軍を率いたオランダ総督ウィリアム3世(ウィレム3世)がイングランドに上陸。ステュアート朝のイングランド王ジェームズ2世(下挿絵)をクーデターにより王位から追放した。翌年2月にウィレム3世はウィリアム3世として国王に即位すると、女王となった妻メアリー2世と共にイングランドの共同統治者となった。

同年に発布された「権利の章典(権利章典/Bill of Rights)」は今日のイギリスにおける憲法同等の根本法として存続しており、イギリス国王は「君臨すれども統治せず」の原則に従う立憲君主であることが明確化された。

ジャコバイトの反乱

名誉革命により議会が王位継承に大きく関与しうる制度が生まれると、「議会が王位継承に関与すべきでない」とし、追放されたステュアート朝のジェームズ2世こそが正当な王位継承者であると主張する反革命勢力「ジャコバイト(Jacobite)」が台頭。各地で反乱がおこった。

ジャコバイトの最大の支持基盤はスコットランドであり、ステュアート家がスコットランド出身であることや、元々のイングランドとの対立意識が大きな理由となっていた。その他、カトリック系のアイルランド、フランスでも支持を集めた。

ジャコバイトが大敗 ~カロデンの戦い~

当時のイングランドとスコットランドは、アン女王時代に成立した「1707年連合法」に基づき両国の議会は統一され、「グレートブリテン王国」という一つの国家となっていた。

グレートブリテン王国においてもジャコバイトの反乱は続いたが、幾度の敗戦でその勢いは衰えていき、ついに1746年、スコットランドで起こった大規模な反乱「カロデンの戦い(Battle of Culloden)」(上挿絵。左側がジャコバイト)でイングランド政府軍に大敗。この戦いにより長年のジャコバイト運動はほぼ鎮圧された。

ジャコバイト関連の音楽あれこれ

イングランドに帰化した作曲家ヘンデルは、このイングランド軍の勝利を讃えてオラトリオ『ユダス・マカベウス(Judas Maccabaeus)』を作曲した。同曲中の行進曲『見よ勇者は帰る See the conquering hero comes』は、日本では表彰式のBGMとして有名である。

また、カロデンの戦いが起きる1年前の1745年9月、当時はジャコバイトによる内戦状態だったが、トマス・アーンがイギリス国歌『God Save the Queen(King)』を編曲し初演を行うと、イギリス国内の愛国心と士気は非常に高まったという。イングランド政府軍の勝利における影の立役者と言えるかもしれない。

スコットランドのジャコバイト側から見た形での楽曲としては、スコットランド民謡『ロッホ・ローモンド』、同じくスコットランド民謡『マイボニー』などの歌詞で、イングランドとの戦いに敗れたジャコバイトらが暗に描写されている節が見られる。詳しくはそれぞれの解説ページを参照いただきたい。

動画の視聴

『スコットランドの花』について

『スコットランドの花 Flower of Scotland』は、1960年代に結成されたスコットランドのフォークグループ「The Corries(ザ・コリーズ)」による楽曲。1967年にイギリス放送協会(BBC)の番組上で発表された。ラグビースコットランド代表のアンセム(賛歌)として広まり、やがてサッカーや他のスポーツでも国歌的な位置づけで歌われるようになった。

国歌の歌詞・日本語訳

1.
O Flower of Scotland,
When will we see your like again
That fought and died for
Your wee bit hill and glen.
And stood against him,
Proud Edward's army,
And sent him homeward
Tae think again.

1.
おお、スコットランドの花よ
汝のために闘い そして死なん
山々にまたその姿見ゆるや

エドワード軍への決死の抗い
暴君は退却し 侵略を断念せり

2.
The hills are bare now,
And autumn leaves
lie thick and still
O'er land that is lost now,
Which those so dearly held
That stood against him,
Proud Edward's army
And sent him homeward
Tae think again.

2.
草木も枯れた山々
今や失われた地に
秋の落葉 静かに積もる

エドワード軍への決死の抗い
暴君は退却し 侵略を断念せり

3.
Those days are past now
And in the past they must remain
But we can still rise now
And be the nation again!
That stood against him
Proud Edward's army
And sent him homeward
Tae think again.

3.
栄えたる国は過去となりしも
過去には確かに存在した我が国
今だ再起の力を失わず
今こそ国家の独立を果たすのだ!

エドワード軍への決死の抗い
暴君は退却し 侵略を断念せり

統計データ

首都 エディンバラ Edinburgh
面積 78,772 km²
人口 509万4800人(2005年)

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