スペイン国歌

スペイン/Spain

スペイン国歌の誕生は、「太陽の沈まない国」として早くから繁栄を謳歌してきたということもあり、その成立は早い。

文献で確認できる最初の記録としては、1761年に出版された「スペイン歩兵の信号ラッパの命令の本」があり、当該文献中での曲名は『擲弾兵行進曲 La Marcha Granadera)』(注1)と記されていた。作曲者については詳しいことは分かっていない。

挿絵:イングランドへ侵攻するスペイン無敵艦隊

同曲はスペイン王カルロス3世(Carlos III/1716-1788)の時代に王室の公式行事で頻繁に演奏され、後に『国王行進曲 Marcha Real』のタイトルでスペイン国歌として採用された。

(注1)擲弾兵(てきだんへい/Grenadier)とは、近世ヨーロッパ陸軍における歩兵の精鋭であり、当初は擲弾 (Grenade/グレネード) の投擲を主な任務としていた。擲弾兵をテーマに用いた楽曲としては、イギリスの愛国歌『The British Grenadiers英国擲弾兵』が知られている。

歌詞のないスペイン国歌

現在のスペイン国歌『国王行進曲 Marcha Real』に歌詞はつけられていないが、過去には、スペイン王アルフォンソ13世の時代(在位:1886-1931)や、フランシスコ・フランコ独裁体制の時代(1939-1975)に独自の歌詞がつけられた例がある。

他国国歌との初出年数の比較

スペイン国歌『国王行進曲 Marcha Real』の文献での初出は1761年ということだが、1745年にトマス・アーンの編曲版で有名になったイングランド国歌『God Save the Queen (King)』と比べると十数年の開きがある。

とは言え、1792年に作曲されたフランス国歌『ラ・マルセイエーズ』や、1797年のオーストリア帝国国歌『神よ、皇帝フランツを守り給え』、1831年作曲の旧イタリア国歌『Marcia Reale 王室行進曲』などと比べると、スペイン国歌の初出はかなり早い時期に確認できることになる。

旧国歌は革命歌『リエゴ賛歌』

スペインでは一時期、『国王行進曲 Marcha Real』以外の曲が国歌として何度か公式に採用されてきた。その曲とは、スペイン立憲革命時(1820-1823)に歌われた『リエゴ賛歌』。反乱を起こしたラファエル・デル・リエゴ大佐(のちに元帥)を讃えるために作曲された。

<右挿絵:リエゴ大佐(出典:Wikipedia)>

『リエゴ賛歌 Himno de Riego』は、スペイン第一共和政(1873年)及びスペイン第二共和政(1931-1939)において、正式なスペイン国歌として採用されている。

2003年には、男子テニスの国別対抗デビスカップ(Davis Cup)決勝戦におけるオープニングセレモニーで、この『リエゴ賛歌』が誤ってスペイン国歌として演奏されるというトラブルが生じた。原因は担当者の不注意であり、何ら政治的意図はなかったようだが、開催国のオーストラリア・テニス協会は本件に関して平謝りだったそうだ。

YouTube動画

注:現在の正式な国歌では歌詞は採用されていない。

フランコ独裁時代(1939-1975)のスペイン国歌

Viva España!
Alzad los brazos, hijos
del pueblo español,
que vuelve a resurgir.
Gloria a la Patria que supo seguir,
sobre el azul del mar el caminar del sol.

スペイン万歳!
武器を掲げよ
スペイン人民の子供達よ
再興を目指して
青き海を行き
太陽と共に進みゆく
祖国に栄光あれ

Triunfa España!
Los yunques y las ruedas
cantan al compás
del himno de la fe.

スペインに勝利を!
金床と車輪が刻むは
信念の賛歌なり

Juntos con ellos cantemos de pie
la vida nueva y fuerte de trabajo y paz.

皆立ちあがり歌おう
困難と安息から生まれる
力強い新たな生命の歌を

フランコ独裁政権とは?

1939年から1975年までのスペインは、フランシスコ・フランコ(右写真)率いるファランヘ党の一党独裁政権下にあった。

第二次世界大戦では枢軸寄りの中立を守ったものの、ファシズム体制を取っていたフランコ政権は政治的、経済的に孤立し、1955年まで国際連合にも加入できなかった。後に冷戦が進むとアメリカ側から歩み寄りが見られ状況は緩和。

フランコ将軍の死後(1975年11月22日)は王政復古がなされが、フアン・カルロス国王は専制支配を止め、1978年憲法が成立して民主化が実現した。

スペインは1982年にNATO、1986年にはヨーロッパ共同体(現在の欧州連合)加入を果たし、1992年にはバルセロナオリンピックを開催し、国際社会へのプレゼンスを高めている。

スペイン内戦とピカソ「ゲルニカ」

1936年7月、左派(社会主義)政権により混乱したスペインを救うべく、保守の支持を集めたフランシスコ・フランコ将軍がクーデーターを起こして始まったスペイン内戦。

左派政権はソ連が支持、フランコ将軍にはドイツイタリアが支援を行い、スペイン内戦は第二次世界大戦の前哨戦的な様相を呈した。

1937年4月26日、ドイツ空軍爆撃機がゲルニカを空爆すると、これを共産主義的思想の強いスペインの画家ピカソが絵画「ゲルニカ」を描き上げて被害をアピールし、反フランコの姿勢を明確にした。

絵画「ゲルニカ」とスペイン内戦の詳細については、こちらの絵画サイト「ゲルニカ ピカソの絵画 解説」を適宜参照されたい。

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