
アメリカフォークライフセンターの同記事によれば、1960年台になると、故郷へ帰る元囚人の話は宗教関連の出版物にも登場するようになり、教会で活動する若い人々によって口頭で伝え広められていったとのことです。
新約聖書の"Parable of the Prodigal Son."(放蕩息子の帰郷)との関連性を焦点に当てる口頭伝承も見られるようです。このページでは、"Parable of the Prodigal Son."(放蕩息子の帰郷)のストーリーなどについて解説したいと思います。
ある人に息子が二人いた。弟の方が父親に、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前を下さい。』と言った。それで、父親は財産を二人に分けてやった。
何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、全財産を無駄使いしてしまった。
何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。それで、その地方に住むある人の所に身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。彼は豚の食べるイナゴ豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人は誰もいなかった。そこで、彼は我に返って言った。
『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどのパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にして下さい」と。』
そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて隣(あわ)れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。息子は言った。
『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』
しかし、父親は僕(しもべ)たちに言った。
『急いで一番良い服を持ってきて、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履き物を履かせなさい。それから、肥えた子牛を連れてきて屠(ほふ)りなさい。食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』
そして、祝宴を始めた。
(引用)日本聖書協会「新共同訳」聖書
(右上図)放蕩息子の帰還 The return of the prodigal son 、c. 1662
レンブラント・ファン・レイン Rembrandt(1606-69) オランダ/バロック、17世紀オランダ絵画
the courtesy of MarkHarden's Artchive
確かに、「新約聖書の"Parable
of the Prodigal Son."」のストーリーは、自ら過ちを犯して家を離れた者が改心して家に帰ってきた時、本来なら追い出されてもおかしくないところを、逆に寛大にも暖かく迎え入れられたというものですから、もしかしたら、この"the
returin of the Prodigal Son."(放蕩息子の帰郷)のストーリーが、前ページのストーリー、そして"Tie
a Yellow Ribbon Round the Ole Oak Tree."のストーリーへとつながっていったのかも知れません。
ちなみに、映画「マトリックス・レボリューションズ」でセラフがトリニティーとスミスと3人でメロビンジアンの所へ乗り込んでいくシーンで、メロビンジアンが「The
prodigal son returns」というセリフを言ったのは、この"Parable
of the Prodigal Son."の暗喩でしょう(オラクルの味方についたセラフが戻ってきたため)。
また、ローリング・ストーンズのアルバム「ベガーズ・バンケット」にもこの「放蕩息子の帰郷」をモチーフにした曲が収録されている等、"Parable of the Prodigal Son."(放蕩息子の帰郷)は非常にポピュラーなストーリーであることが分かると思います。