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| ウィーン楽友協会(出典:Wikipedia) |
ヨハン・シュトラウス2世が活躍したオーストリアのウィーン。そのウィーンを拠点として活躍するオーケストラといえば、言わずと知れたウィーン・フィルハーモニー管弦楽団だ。本拠地はウィーン楽友協会大ホール。ニューイヤーコンサートが開催されるあの「黄金のホール」だ。
彼らが得意とするレパートリーはベートーヴェン、モーツァルト、ブラームス、ワーグナー、ブルックナー、リヒャルト・シュトラウスなどいずれもウィーンとゆかりの深い作曲家が多い。もちろん近現代の音楽も決して不得手ではないが、戦後数年ぐらいまでは近現代の作品に対して楽団員があからさまに拒絶反応を示すことがよくあったという。「1910年以降の作品を極端に嫌がるオーケストラ」と評したレコードプロデューサーもいたようだ。
ウィーン・フィルハーモニーの原点は、1842年に開かれたコンサート「フィルハーモニー・アカデミー」にさかのぼる。指揮者はウィーン宮廷歌劇場(後のウィーン国立歌劇場)の楽長で、作曲家でもあったオットー・ニコライ。
1847年にニコライがウィーンを去ってしばらく活動は停滞したが、1860年にカール・エッケルトが宮廷歌劇場の監督に就任し、以来現在まで演奏会が継続している。1870年には楽友協会大ホールが完成。1875年から1882年にかけて、ウィーン・フィルのホルン奏者の出身である高名な指揮者ハンス・リヒターを定期演奏会の首席指揮者として迎え、彼を家長とした温かい雰囲気の中でオーケストラは大きな発展を遂げた。この時期は「ウィーン・フィルハーモニーの黄金時代」と呼ばれている。
ウィーン・フィルハーモニーのメンバーは、基盤たるウィーン国立歌劇場の管弦楽団員としての活動が義務付けられている。オーディションの後、まず国立歌劇場の団員として3年の試用期間を経て、正式にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の団員として採用される。主にウィーン国立音楽大学出身者が採用され、しかも先輩団員から直接指導を受け、採用される前から補助団員としてウィーン・フィルの演奏に参加している者が半数以上であるという。
ウィーン・フィルの定期演奏会で最も有名なのが、1939年より始まった毎年1月1日のニューイヤーコンサートだ。このコンサートではヨハン・シュトラウス2世を中心としたヨハン・シュトラウス一家の曲を多く演奏しており、中でも『美しく青きドナウ』と『ラデツキー行進曲』はほぼ必須の選曲となっている。
2004年からはシェーンブルン宮殿の庭園で「ヨーロッパ・コンサート」を催している。モーツァルト、チャイコフスキー、スメタナ、ラヴェル、シベリウスなどさまざまな作曲家によるポピュラーな管弦楽曲でプログラムが組まれ、中でもヨハン・シュトラウス2世の『ウィーン気質』は必ず演奏されている。2004年はジャズ・ヴォーカリストのボビー・マクファーリン、2005年はズービン・メータ、2006年はプラシド・ドミンゴが指揮を執った。
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