

「リパブリック讃歌」の歌詞が始めて出版されたのは、アメリカで未曾有の戦死者を出し4年間に渡って繰り広げられた南北戦争が勃発して間もない1862年の頃です。この戦争は黒人奴隷問題を大きな背景としたアメリカ北部と南部の国内戦争で、このような決定的な武力衝突に至るまでは非常に複雑で長い歴史と闘争が展開されていました。
これら歴史的背景を理解することが「リパブリック讃歌」を深く理解するのに絶対必要不可欠になってきますので、「ドナ研」でもこの「リパブリック讃歌」に関連する19世紀半ばのアメリカの歴史を簡単ではありますが振り返って見たいと思います。
①「リパブリック讃歌 歴史編(ファイルNo.006)」
「リパブリック讃歌」に関連する19世紀アメリカの歴史をコンパクトに記述
②「リパブリック讃歌 誕生編(ファイルNo.007)」
「リパブリック讃歌」が生まれて日本に広まるまでのエピソード
参考:当サイト「ソングブック」の「リパブリック讃歌」のMIDIと歌詞のページ
「リパブリック讃歌」が当時のアメリカで北軍の軍歌として広まっていったひとつの大きなキーワードとして「ジョン・ブラウン」という人物が度々登場します。彼は熱心なアボリショニスト(奴隷制度反対論者)で、南北戦争を引き起こした最大の原因のひとつである「黒人奴隷」の解放にその一生を捧げた熱きヒーローとして今日の評価を受けています。ちなみに、有名なアボリショニストといえば、アメージンググレース(Amazing
Grace)を生んだ牧師ジョン・ニュートンも忘れてはいけませんね。
そういえば「リパブリック讃歌」と歌詞は違いますが同じようなメロディーの歌に「ジョン・ブラウンの亡骸」とか「ジョン・ブラウンの赤ちゃん」などの歌が知られていますが、このアボリショニストの「ジョン・ブラウン」との関係はもちろん皆無ではありません。「リパブリック讃歌」の謎を紐解くのに「ジョン・ブラウン」という人物は非常に重要になってきますので、注意しながら読み進んでいってください。それでは、ドナドナ研究室ファイルNo.006「リパブリック讃歌 歴史編」スタートです。